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2017年6月28日 (水)

中原中也生誕110年に寄せて読む詩・その45/「聞こえぬ悲鳴」

 

 

昭和10年(1935年)4月23日付けの詩人の日記に

「昨夜2時迄読書。それより2篇の詩を物し、終ること4時半」

――と記されてある2篇の詩の一つが「聞こえぬ悲鳴」であり

もう一つが「十二月の幻想」です。

(「新編中原中也全集」第1巻・解題篇。)

 

 

「聞こえぬ悲鳴」が

深夜、詩人を襲う悲しみを歌ったものだとすると

その悲しみの原因は

このタイトルと関係するようです。

 

 

聞こえぬ悲鳴

 

悲しい 夜更(よふけ)が 訪(おとず)れて

菫(すみれ)の 花が 腐れる 時に

神様 僕は 何を想出(おもいだ)したらよいんでしょ?

 

痩せた 大きな 露西亜(ロシア)の婦(おんな)?

彼女の 手ですか? それとも横顔?

それとも ぼやけた フイルム ですか?

それとも前世紀の 海の夜明け?

 

ああ 悲しい! 悲しい……

神様 あんまり これでは 悲しい

疲れ 疲れた 僕の心に……

いったい 何が 想い出せましょ?

 

悲しい 夜更は 腐った花弁(はなびら)――

   噛(か)んでも 噛んでも 歯跡もつかぬ

   それで いつまで 噛んではいたら

   しらじらじらと 夜は明けた

  

              ――一九三五、四――

 

(「新編中原中也全集」第1巻より。新かなに変えました。)

 

 

この詩に、

痩せた 大きな 露西亜(ロシア)の婦(おんな)

彼女の 手 

それとも横顔

――と女性が出てくるのは何故でしょうか。

 

この詩では

悲しみで疲れてしまった僕には

痩せた大きな露西亜の女性を思い出せといっても無理だし

彼女の手も、横顔も

思い出そうとする気力もパワーもないのだから

見当外れなことを言わないでほしいと

力なく歌っているのですが

わざわざそれを言うこと自体には

やはり意味があるものと見なければならないでしょう。

 

意味のないことを

わざわざ詩行にするわけがありませんから。

 

その理由こそ

腐った花弁(はなびら)にあるようです。

 

 

腐った花弁は

菫の花が出てきますが

モノとしての実態をもつものではなく

そのような時間を指しているところに

詩の技があるようなメタファーでしょう。

 

誰にも聞こえない悲鳴を

詩人だけは聞いていて

だから誰にもわかって貰えない

その時間を

菫(すみれ)の 花が 腐れる 時

――と表現した

絶妙のメタファー(暗喩)です。

 

 

噛んでも噛んでも噛めない

けれども

噛むしか方法のない厄介な時間に

止むことなく立ちのぼってくる悲しみは

誰にも伝えることができないというのです。

 

 

この感情は

不吉なサイレンを聞くことになります。

 

 

十二月(しわす)の幻想

 

ウー……と、警笛が鳴ります、ウウウー……と、
皆さん、これは何かの前兆です、皆さん!
吃度(きっと)何かが起こります、夜の明け方に。
吃度何かが夜の明け方に、起こると僕は感じるのです

――いや、そんなことはあり得ない、決して。
そんなことはあり得ようわけがない。
それはもう、十分冷静に判断の付く所だ。
それはもう、実証的に云(い)ってそうなんだ……。

ところで天地の間には、
人目に付かぬ条件があって、
それを計上しない限りで、
諸君の意見は正しかろうと、

一夜彗星(すいせい)が現れるように
天変地異は起ります
そして恋人や、親や、兄弟から、
君は、離れてしまうのです、君は、離れてしまうのです

           (一九三五・四・二三)

 

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