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2017年8月 5日 (土)

新川和江とその周辺/「始発駅」のころ・1953年の詩人たち/木原孝一

 

木原孝一は

1922年(大正11年)、東京生まれの詩人。

 

戦前から「VOU(バウ)」「文芸汎論」などに詩作品を発表、

戦後は「純粋詩」「荒地」のメンバーとなり

新川和江が「睡り椅子」を発表した当時は

詩誌「詩学」の編集に携わっていました。

 

1953年には31歳になり

新川和江は24歳になる年でした。

 

どんな詩を書く詩人だったか

まず、作品を読んでみます。

 

 

遠い国

 

きみは聞いただろうか

はじめて空を飛ぶ小鳥のように

おそれと あこがれとで 世界を引きさくあの叫びを

 

  あれはぼくの声だ その声に

  戦争で死んだわかもの 貧しい裸足の混血児

  ギプスにあえぐ少女たちが こだましている

  愛をもとめて叫んでいるのだ

 

きみは見ただろうか

ぼくがすすったにがい蜜(みつ)を 人間の涙を

この世に噴きあげるひとつのいのちを

 

  あれはきみの涙だ そのなかに

  夢を喰う魔術師 飢えをあやつる商人

  愛をほろぼす麻薬売りが うつっている

  その影と ぼくらはたたかうのだ

 

おお なぜ

ぼくらは愛し合ってはいけないのか

ほんとうにあの叫びを聞いたなら

ほんとうにあの涙を見たのなら

きみもいっしょに来てくれたまえ

 

  遠い国で

  ぼくたちがその国の 最初の二人になろう

 

(角川文庫「現代詩人全集」第9巻「戦後Ⅰ」より。)

 

 

ある一つの詩を初めて読むとき

なんら手がかりを持たず

まっさらのままで詩行を追うというようなことは

詩を読むほとんどの場合に当てはまることでしょうか。

 

徒手空拳で、

前知識のない状態で相対(あいたい)しますが

この詩には鑑賞の手がかりとなる

大きなカギが差し出されてあります。

 

それは

第2連に現われる

戦争です。

 

戦争で死んだわかもの

――の1行です。

 

 

戦争の経験を歌った詩であることを

すぐに理解できる詩ですが

ひと通り読み下し

何度も読み返しているうちに、

 

ぼくらは愛し合ってはいけないのか

――とか

 

ぼくたちがその国の 最初の二人になろう

――とかが

こころに響いて刻まれてくるのに気づくことでしょう。

 

 

戦争の傷を歌った詩ではあるけれど

詩人の眼差しが向かう未来へ

読み手のこころをも運んでいくような……。

 

愛の眼差しが

この詩にはありますね。

 

 

こういう詩を

木原孝一は書きます。

 

こういう詩を書く詩人に

新川和江は

第1詩集出版の直後に巡り合い

いろいろなアドバイスを受けました。

 

少し歳の離れた兄が妹に

教えを伝授しようとした感じでしょうか。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

 

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