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2017年8月24日 (木)

新川和江とその周辺/「始発駅」のころ・1953年の詩人たち/秋谷豊⑦

 

 

新川和江が「睡り椅子」を出した少し前1950年に

第3次「地球」が出発します。

 

秋谷豊、28歳。

 

秋谷が書いた年譜には、

4月、ネオ・ロマンチシズムを唱えて「地球」創刊。

同人は、木下夕爾、丸山豊、松田幸雄、唐川富夫、小川和佑、新川和江、松永伍一ら。の

ちに、安西均、嶋岡晨、白石かずこ、風山瑕生、寺山修司、長田弘、高橋睦郎、斎藤庸

一、犬塚尭ら多くの俊秀が参加する。

――とあります。

 

新川和江が正式に同人となったのは

1954年2月発行の第11号からです。

秋谷豊公式ホームページ詩鴗館/「地球」年表より。)

以後、2017年の現在まで

秋谷亡き後も「地球」は

新川和江のホームグランドのような場所です。

 

 

新川和江が

「地球」に発表した最初の詩が

第11号の「壺」であることを

「廃墟の詩学」(中村不二夫、土曜美術社出版販売)が伝えています。

 

その「壺」に

目を通しましょう。

 

 

 

白磁の壺よ

どんな火に抱きしめられて

おまえの現在(いま)はつくられたのだろう

雪山の巓(いただき)からはこばれて来たかのような

ひややかな美しさ

 

ときどき思い出して

もだえることもあるのだろうか

火の腕のなかで

火よりもいっそう火であった

密室での あのめくるめく時間を――

 

いや 無いだろう 無いだろう

あるとすれば歪んでいて

そうして立ってはいられないはずだ

どこかが罅(ひび)われていて

悲しい水をにじませているはずだ

 

――この わたしのように

 

(花神社「新川和江全詩集」中「夢のうちそと」より。)

 

 

「比喩の美しいひらめきと、語感のやわらかさがある。」と

この詩「壺」を秋谷豊は評しているそうです。

(「山と現代詩」、「詩と思想」1998年8月。)

 

白磁の冷艶な美しさが生れてくる

始原(みなもと)への想像と

詩人の自己の苦闘(悲しみ)を重ね合わせて

堂々とした比喩。

 

その比喩が

秋谷豊の言語意識に響いたのでしょう。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

 

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