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2017年8月29日 (火)

新川和江とその周辺/「始発駅」のころ・1953年の詩人たち/「絵本『永遠』」

 

 

「孤独な出発」を書いたころ

新川和江のからだには新しい命が宿っていました。

 

1955年7月、長男誕生。

26歳でした。

 

それから丸4年

第2詩集「絵本『永遠』」は生まれます。

 

1959年、30歳。

 

 

地球社から発行されたこの詩集の

ラインアップをのぞいてみると――。

 

「生について」

「ECHO」

「死について」

「孤独な出発」

「早春」

「犬」

「眠られぬ夜」

「ありふれた略図は」

「森へ行く」

「紙片」

「期待」

――と、全24篇(「繊い枝」は1篇と計算」)のうちの前半およそ10篇が

母親になる前の詩人の苦悩に満ちた歌です。

 

「孤独な出発」は4番詩として置かれています。

 

後半部に入って

「誕生」

「扉」が現れるあたりから新しい生命がモチーフになり

子供の成長のおりふしが歌われます。

 

「るふらん」

「絵本『永遠』」

「地上」

「繊い枝」

 Ⅰ 留守居

 Ⅱ 臆病

 Ⅲ 駐車場

 Ⅳ けむり

「弱い目」

「問」

――と母親であることを自覚していく詩人が歌うのも

手放しの幸福感というものであるより

一個のいたいけない子供が

一個の人間存在である少年として出現し

彼との対等な時間のなかで

翻弄され問い惑い思索する

自身の苦味を含んだ姿のようです。

 

それは形而上学(思索)に近いものに達しますが

いつのまにか詩人が自然に赴くところは

愛です、

愛の歌です。

 

名作「Chason」が

ここで歌われます。

 

文明批評への皮肉を

たっぷりと利かせて。

 

 

「小人のジニー」

「口上」

「落差」

「自叙伝」

――は、詩集の締めの意図が含まれていて

詩の方向(未来)を暗示する

新種の作品がチャレンジされているかのようです。

 

 

詩人新川和江の長い詩歴の中でも

傑作の誉れ高い「絵本『永遠』」を

ここで読まないわけにはいきません。

(ほかにも読みたい作品が犇めいていますが)

 

すこし回り道ですが

そぞろ歩きの特典です。

 

 

絵本「永遠」

 

――帰ろうよ

あそびの途中でふいにおまえは立ちあがり

そう言い出しては

思慮浅い母親を狼狽(ろうばい)させた

おお どこへ帰ろうというのか

おまえのうまれたこの家に

つながる血を紙テープよりもたやすく断ち切り

馴れ親しんだ玩具たちを未練げもなくほうり出して

 

どんな声がおまえをよぶのか

どんな力がおまえをはげしくひきよせるのか

母親は耳そばだていっしんにききとろうとするが

相もかわらぬ蒼空(あおぞら)には

かたちにならぬ雲ばかりあって

花壇のなかには

ソルダネルのひとむらが呆(ほう)けて咲いているばかりで

春の日は永くいかにもおだやかである

 

つい今しがたまで その椅子に深く腰かけ

乳牛の話などきかせてくれた

北国のカレッジで牧草の研究をしているという

あの美しい青年は

あす チモシーのにおいのなかへ帰るという

絵本のなかの

小鳥はいつでも巣にかえり

狐は穴にもどってねむった

 

母親の知らぬまに

おまえはどんな絵本を読んだのだろう

――帰ろうよ

憑(つ)かれたようにせきたてるおまえのそばで

最早

母親は ’ (コンマ)や ・ (ピリオド)よりも微小なひとつの物体にすぎなくなる

 

(花神社「新川和江全詩集」所収「絵本『永遠』」より。)

 

 

帰ろうよ、とは

愛の逃避行へ誘う呼びかけなのではありません、よね。

 

少年の言葉は

母親をどのように撃ったのでしょうか?

 

いま=ここ(この家)以外に

帰るところであるそこは

未知の、未来の場所なのでしょうか?

 

そういう時を

おしなべて人は

どこかにあることを知っていて

少年がズバリとある瞬間に口にした――。

 

永遠が描かれている絵本。

 

 

この絵本が描かれる過程は

一人の現代抒情詩人の誕生を告げていました。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

 

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