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2017年8月30日 (水)

新川和江とその周辺/「始発駅」のころ・1953年の詩人たち/秋谷豊⑩堀辰雄へのわかれ

 

私が信濃追分の堀さんを訪ねたのは、戦争のはじまった年であったから、それは、たぶん、昭和16

年の8月だったと思います。

――と、秋谷豊は、堀辰雄訪問の日を回想しています。

 

油屋へ行くと、ワイシャツの袖をまくった堀さんは、麦藁帽子をかぶった姿で、旅館の庭の荒れた草花

の中に立っていました。私は緊張して何も話すこともなく、1時間ほどいましたが、堀さんはかたわらの

顔色の悪い青年と、静かな声で何やら絵の話などをしていました。

――などと続けるのですが

親しげな会話を交わすこともなく

初めてであり最後であったこの訪問はおわります。

 

「昭和の詩――芥川の死から敗戦まで」のタイトルの講演記録の中の

「若き日の詩人群像」という項で述べているのですが

この日の秋谷豊の内面を駆けめぐっていたものが

次のように表現されているのは

謎めいていながらも

やはり、わかれの言葉として読めるもののようです。

 

 

私は心の中ではじっと堀さんを見つめていました。

うつむいてばかりいましたが、

私は堀さんに会えたことで、気がしずまり、

それに満足していたのでした。

文学という幻影、それは私にとっては幻影に近いものなのでした。

 

(「抒情詩の彼方」1976年、荒地出版社。※この部分、改行を加えてあります。ブログ編者。)

 

 

この訪問の年、昭和16年(1941年)末に

太平洋戦争ははじめられました。

 

 

第2詩集「葦の閲歴」には

堀辰雄へのわかれを歌った詩と見なされている詩が二つあり

どちらの詩にも

幾分かこの訪問で得たイメージの反映があるかもしれません。

 

というよりか

この訪問で得たイメージ以前に

なにがしかの幻影、文学という幻影は

秋谷豊のなかに抱かれてあったというべきなのかもしれません。

 

 

晩春の死

      堀辰雄に

 

火の山の麓のむこうで

銃声がきこえる

あれは 街道の村に流れついた

文明の朽木であろうか

それとも黄色い日射のなかを

射たれて墜ちてくる

美の獲物であろうか

棘のある 椅子におちて

動こうとしない

神の死んだ

黒い夜の悲哀も

しばし ヨーロッパを見つめた

燈火のなかの微笑も

すべては 透いた木の実となって

永遠の岸のむこうへ

流されていくのだ

 

山つつぢの花が灼ける

やつれた午前の時

ふるえる

葉桜のくろい茂みの中に

傷ついた 鳥が ねむっている

暗い生の飛翔に疲れた

よるべない翼を やすめている

 

その荒涼の 事物のかげを

重たい咳をして あるいて行くのは

誰だろう

今日の夕焼に背を向けて行く

その人は

 

(土曜美術社「日本現代詩文庫3秋谷豊詩集」所収「葦の閲歴」より。)

 

 

堀辰雄は1953年の5月28日に

長い闘病の末に亡くなります。

 

関東大震災の年(1911年)、19歳の時に発病した

結核に斃(たお)れたのでした。

 

この詩「晩春の死」は

堀辰雄の死に触れて

秋谷豊が書いた挽歌ということになります。

 

 

葉桜のくろい茂みの中に

傷ついた 鳥が ねむっている

暗い生の飛翔に疲れた

よるべない翼を やすめている

――とある鳥は

死んだ詩人を示しているのですが

そのひとはまた、

その荒涼の 事物のかげを

重たい咳をして あるいて行く

――その人であることを歌った詩のようです。

 

 

詩の構造の

この謎のようであるのは

文学という幻影の中に

秋谷豊がいまだ存在していたことを

物語るものでしょうか。

 

死が生々しすぎて

幻(まぼろし)と見まごうほどであったからでしょうか。

 

火山の麓の銃声は

戦争のはじまりを告げている。

 

すべては

永遠の岸へ流されていく悲しみ、むなしさ――。

終連の、

重たい咳をして あるいて行く

今日の夕焼に背を向けて行く

――その人に、

秋谷豊自身の影がかぶさります。

 

 

叫びに似た声が聞こえるようですが

静かな調べです。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

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