新川和江とその周辺/「始発駅」のころ・1953年の詩人たち
新川和江が第1詩集「睡り椅子」を発表した1953年(昭和28年)を
詩人の自筆年譜で見ると、
4月、同じ町内に土地を見つけ、新築移転。7月、第1詩集「睡り椅子」をプレイアド発行所
から出版。序文・西條八十。秋谷豊の誘いを受け、新しい抒情詩をめざす「地球」グループ
に参加。多くの詩人たちとの交流さかんになる。
――とあります。
ハルキ文庫の「新川和江詩集」の年譜は
花神社「新川和江全詩集」(2000年)の年譜に比べて
記述もいっそう簡素ですが
2004年の発行であり
より相対化・客観化が進められたともいえるようですから
「始発駅まで」に触れられたゲンダイシへの確信のくだりは省略されています。
多くの詩人たちとの交流が活発になったとある中には
「始発駅まで」に記された
「地球」グループの詩人たちはもとより
「詩学」の編集者であった詩人・木原孝一や嵯峨信之らの名が隠れています。
◇
「詩学」といえばすぐに思い出されるのが
茨木のり子と川崎洋が
その投稿欄「詩学研究会」で知り合い
同人詩誌「櫂」を創刊したのが
まさしく1953年でした。
新川和江の第1詩集「睡り椅子」は
茨木のり子らの同人誌「櫂」の創刊と同じ年に発行されたのです。
◇
現代詩人たちが蠢(うごめ)く様子がほんの少し見えてくる
ワクワクするような時代のはじまりでした。
◇
途中ですが
今回はここまで。
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