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2017年10月28日 (土)

新川和江とその周辺/「始発駅」のころ・1953年の詩人たち/秋谷豊<31>「純粋詩」の北村太郎「センチメンタル・ジャーニー」

北村太郎は
「センチメンタル・ジャアニイ」を
「純粋詩」第26号(1948年7月)に載せていますが
この「センチメンタル・ジャアニイ」が
現代詩文庫61「北村太郎詩集」収録の
三つの「センチメンタル・ジャーニー」のどれなのか
断定できないでいましたが
「北村太郎の全詩篇」(飛鳥新社、2012年発行)を入手し
ようやく確かめることができました。


断定できないのは
「純粋詩」を読むことができていないからですが
「北村太郎の全詩篇」の巻末年譜の
「1948年(昭和23年) 26歳」の項に
<この年の執筆・発表作品>の付記があり
ここに「センチメンタル・ジャーニー(私はいろいろな街……)」とあり
1番目の詩であることが確認できました。


(※「純粋詩」発表の「荒地」作品一覧が、中村不二夫「廃墟の詩学」にあり、この一覧中の「センチメンタル・ジャアニイ」の表記をもとにこのブログを書き進めています。現代詩文庫の「北村太郎詩集」も「北村太郎の全詩篇」も、「センチメンタル・ジャーニー」の表記であるため、「センチメンタル・ジャアニイ」がどれなのか、特定できないでいました。編者。)



とはいうもののここでは
2番目の「センチメンタル・ジャー二―」を読むことにしました。



センチメンタル・ジャーニー


滅びの群れ、
しずかに流れる鼠のようなもの。
ショウウィンドウにうつる冬の河。
私は日が暮れるとひどくさみしくなり、
銀座通りをあるく、
空を見つめ、瀕死の光のなかに泥の眼をかんじ、
地下に没してゆく靴をひきずって、
永遠に見ていたいもの、見たくないもの、
いつも動いているもの、
止っているもの、
剃刀があり、裂かれる皮膚があり、
ひろがってゆく観念があり、縮まる観念があり、
何ものかに抵抗して、オウヴァに肩を窄める私がある。
冬の街。


なぜ人類のために、
なぜ人類の惨めさと卑しさのために、
私は貧しい部屋に閉じこもっていられないのか。
なぜ君は錘りのような涙をながさないのか。
大時計の針がきっかり六時を指し、
うつろな音が雑閙のうえの空に鳴りわたる。
私はどうすればいいのか、
重い靴をはこぶ「現在」と、
いつか、どこか解らない「終りの時」までに。
鼠よ、君は私にとって何であり、
君の髭は私にとって何であるのか。
すぎゆく一日の客の記憶、
大時計のうしろに時間があり、
時間のうしろに凍りついた私の人生がある。
さびしい私の父、
私の兄弟の跫音がある。
街をあるき
地上を遍歴し、いつも渇き、いつも飢え、
いつもどこかの街角でポケットにパンと葡萄酒をさぐりながら、
死者の棲む大いなる境に近づきつつある。


(現代詩文庫61「北村太郎詩集」より。)



読んでの通り
タイトルはセンチメンタル・ジャーニーと現代表記ですが
本文のカタカナ部分は旧カナが残っています。


これも断言できないことですが
「純粋詩」に発表した時の表記が
歴史的かな遣いであったかどうか。


本文中のショウウィンドウやオウヴァが旧表記のままで
ショーウィンドーやオーバーに直されていないのもやや気になります。


センチメンタルジャーニーは3作あるため
タイトルだけは統一したということでしょうか。


この詩の風景が
どこにでもある戦後の風景であるというより
東京の銀座の風景であることが
なんとも強く印象に残る詩です。


詩人は
銀座の隣り町(といってよいであろう)浅草の金竜小学校を卒業し
深川の府立三商で青春時代を送ったのですし
やがて銀座の隣り町である築地の朝日新聞社に勤務することになるのですから
ショウウインドウや銀座通りや大時計……が
きわめて馴染み深い風景であることを
東京を多少なりとも知っている人なら
想像するのは自然の成り行きというものでしょう。


そういう角度で読むと
ぐんと親近してくる詩ですが。



そもそもこの詩から
そのようなリアルな場所の描写を読み込むのはナンセンスかもしれませんが
詩に入り込む糸口をここに見つける自由が
読者に残されていると言ってしまえば
おこがましいことでしょうか。


現代詩文庫の解説で
詩人の鈴木志郎康が
北村太郎の詩集を読んでいて
「レインコートの襟を立てて」という詩行に出合って
「私が生活しているのと同じ現実に生きている男の言葉」を感じ取ったことを書いていますが
それと似たようなことを
大時計に見い出し
銀座通りやショウウインドウや……
冬の河や雑閙のうえの空……に感じ
それでいながら
それから奥の詩の内部に入って行くことの困難に直面し
何度も何度も詩行を追いかけていることに気づきます。



詩の入口のあたりで戸惑うことは多いのですが
北村太郎の詩は
比較的に難解な言葉使いがない(鈴木志郎康)ということらしく
それどころか想像しやすい詩語が散りばめられていると言えるのでしょうか
詩へ親近する仕掛けのようなものが
意識的に配置されているようです。



そうしていつのまにやら
詩のなかに入り込んでは……。


なぜ人類のために、
なぜ人類の惨めさと卑しさのために、
私は貧しい部屋に閉じこもっていられないのか。
なぜ君は錘りのような涙をながさないのか。
――とか
鼠よ、君は私にとって何であり、
君の髭は私にとって何であるのか。
――とかの問い(この問いは詩人が詩人に問う問いですが)のなかの
人類、私、君、鼠の関係に思いをめぐらせることになります。


ここらあたりまでくれば
あとは詩の流れに身をまかせるしかなく
詩の跳躍や反転や迂回や……
詩行の赴くままに
こちらも跳躍し反転し迂回し
どこまで詩のこころと自身を重ねることができるか
まったくできないままに終ることも含めて
詩への終わりなき旅を続けることになるようです。




途中ですが
今回はここまで。

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