新川和江とその周辺/「始発駅」のころ・1953年の詩人たち/秋谷豊<21>「純粋詩」の黒田三郎
ここは立ちどまって
「純粋詩」に寄せた「荒地」の鮎川信夫以外の
他の詩人の詩を読んでみましょう。
手元にある詩集からアトランダムに
目についたものから
まずは黒田三郎――。
◇
あなたの美しさにふさわしく
失われたもののみが美しく
失われたもののみがあなたのものであったと
ひそかにあなたに告げるのは誰か
心に残されたものは
赤さびの鉄骨と燃え残った石壁だけであると
ひそかにあなたに告げるのは誰か
美しいひとよ
思い出があなたをどん欲にする
かつてあなたを容れるためにあり
いまもなおあなたを容れるためにある
空白のなかで
あなたの美しさにふさわしく
唇を洩れて出るひとことよ
たかがそれは
木と紙とガラスにすぎなかったのだと
失われるものの失われた無数の穴から
風は吹き入り
はるかに海が見える
かくされたものはかくれる影を失い
炎天の下
はい
うごめき
かくれる影を求めて
ののしり騒ぎ
海のほとり
新しい旗のはためく町よ廃墟よ
新しい旗の影にかくれる
政治的動物の群れを見よ
飢えていま風のなかに立つ美しいひとよ
かつてあなたが持っていた多くの物の代りに
いまあなたの持っている多くのものを
あなたはいまひそかにあなたに告げよ
失われた影のむこうに
あなたの眼が偽りなく捕えた多くのものを
あなたはいまひそかにあなたに告げよ
あなたの美しさにふさわしく
あなたの持っているものが
よし不信と憤怒と絶望であろうとも
あなたはいまひそかにあなたに告げよ
(現代詩文庫6「黒田三郎詩集」より。)
◇
黒田三郎の詩で
「純粋詩」の第14号(1947年4月号)に発表された
最初の作品です。
黒田三郎は
第11号(1947年1月号)に
「ダダについて」という評論をすでに書いていましたから
これが2回目の登場になりました。
◇
ここに現われる「あなた」は
誰のことでしょうか。
そう問えば
ただちに、詩人がやがて出合う
一人の美しい女性と結びつけたがりますが
詩人はいまだその女性を知りません。
ですから
美しいひとは、やがて妻となるその女性のことではありませんし
この詩では
女性である必要もないのかもしれません。
◇
では、誰をさしているのか、
誰に呼びかけているのでしょうか?
◇
告げよ、という命令形が
あなたへ向けられているのは
あなたが親しい間柄の人であることを示し
親しい間柄には
自分を含んでいるようなあなたであるような。
あなたには
同志の意味が込められているような。
自分への激励が
同志へのエールでもあるような。
自分と同志が
同義的に反覆するような。
あなたはあなたに告げるのです――。
◇
失われたもののみが美しく
失われたもののみがあなたのものであった
とか
かつてあなたを容れるためにあり
いまもなおあなたを容れるためにある
とか
失われるものの失われた無数の穴
とか
かくされたものはかくれる影を失い
とか
かつてあなたが持っていた
いまあなたの持っている
とか
あなたはいまひそかにあなたに告げよ
とか……
このような
二分法というのか、
対句法というのか、
対立し相反するものとか
過去と現在とかを
同義反覆のようにリフレインして
次第に現われてくる
飢えていま風のなかに立つ美しいひと。
そのひとへ
あなたの持っているものが
よし不信と憤怒と絶望であろうとも
あなたはいまひそかにあなたに告げよ
――と歌います。
あなたへの
決意表明です。
◇
――とここまで読んできて
ふと、詩が予感するということはあり得ることで
美しいひとはやはり女性であって
ジャワから帰還した直後に上京し
すぐにNHKに入社した詩人が巡り合った女性であることも
可能であることに気づきました。
だとすれば
恋するこころの不分明な状態を断ち切ろうとする決意が
ここに秘められていることになりますが。
◇
途中ですが
今回はここまで。
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