新川和江とその周辺/「始発駅」のころ・1953年の詩人たち/秋谷豊<23>「純粋詩」の三好豊一郎
三好豊一郎(ミヨシ・トヨイチロウ)の
「青い酒場」という詩は
詩集「囚人」を構成する四つの部分の
その一つである「青い酒場」のタイトル詩で
「青い酒場」には「囚人」をトップに
14篇の詩が収められてある
――ということを黒田三郎が書いています。
(「詩の味わい方」明治書院、1973年)
なんだか複雑そうなつくりだなあと思って
詩集「囚人」の目次を調べてみると、
<青い酒場>
囚人
影Ⅰ
影Ⅱ
壁
幻燈
夕映
青い酒場
室房にて
再び
未成年
四月馬鹿
空
顏
MAGIC FLUTE
<懸崖より>
盲窓
懸崖より
天の氷
<天の氷>
深夜
熱に馮かれた黃昏の
庭
サアカス
捧ぐ
夜更の祈
<卷貝の夢>
卷貝の夢
蜘蛛
綱
途上
碑
帰らない飛行機乗りの話
癲狂院
虛妄
部屋
晩春
夢
春園
無題
弁明
――という構成になっていました。
(※旧漢字を新漢字に改め、黒田三郎のいう四つの部分を示すために< >を加えました。編者。)
黒田三郎が
丁寧すぎるほどに説明しているわけがわかります。
◇
詩集題が「囚人」でも
「囚人」という詩は
「青い酒場」の章のトップに置かれ
その章には「青い酒場」という詩もあるという構造は
詩人の意図したものでしょうか。
「囚人」も「青い酒場」も
どちらも詩集のタイトルであっておかしくないようなこの構造は
現代詩文庫の「三好豊一郎詩集」(1970年)では
収録詩集の数が多いことも手伝って見えにくくなり、
囚人
巻貝の夢
希望
いけにえ
抗議
晩年
詩集<小さな証し>から
詩画集<黙示>全篇
未刊詩篇
刻下の想い
評論
自伝
――という構成のアンソロジーとなります。
「囚人」は
四つの章(部分)という枠を外され
「囚人」と「巻貝の夢」に分割されたために
「青い酒場」というタイトルが目次から消えてしまいます。
◇
「青い酒場」は
「純粋詩」第13号(1947年3月)に初出しました。
◇
青い酒場
私の左の肺の尖端には虫の喰った穴がある
静かに寝て眼をとじると その穴から
冬には木枯の遠くをわたる声にまじって
青い酒場のリキュール・グラスをすする音がする
ギタアを持ったやせて小さな男がひとり
夜更けの壁に背を向けて――
話をしようにも誰も居りゃしない
風とともに入ってくるのは凍えつきそうな悔恨ばかり
男は嗄(しわが)れたギタアの弦をはじいてみたり
不安げにちょっと頸をかしげ グラスの中の
病みほおけた自分の顔をのぞくのにも厭ると
いそいそと卓子(テーブル)の上を拭いていた
床に落ちた男の影の中には いつの間(ま)にか
一匹の犬が棲みついている
男のもてあました絶望を喰って太ってゆく 度し難い奴だ
私の胸の虫の喰った穴からは
そいつの苦しげな咳の音がする だが昼間
私はきちんとチョッキをつけ 上衣を着て 街を歩く
楽天主義者然と
夜な夜な私はそいつに逢う 青い酒場で
私相応そいつも老けた だがいまだに死なない
そして時々 ずるそうににやりと笑う
(現代詩文庫37「三好豊一郎詩集」より。)
◇
この詩に現れる
私
やせて小さな男
一匹の犬(=そいつ)
――は、いずれも詩人の分身であると見なしてよいでしょう。
詩の中の存在が
現実の存在と一般的に同一であるとは限りませんが
この詩の場合は
比喩である犬を含めて
詩人そのものと読んでおかしくはありません。
◇
戦後詩の出発を告げる
明快で鮮烈なイメージの詩が
「純粋詩」誌上に幾つも投じられていきます。
◇
途中ですが
今回はここまで。
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