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2017年11月24日 (金)

新川和江とその周辺/「始発駅」のころ・1953年の詩人たち/木原孝一「星の肖像」へ「沙漠」

「蟻」のなかの詩行に、

小さな石のかげに一匹の蟻

――とあるのは

小さな石のかげに蟻の群れ

――とするべき間違いのようで

それに気づかないまま

作品として発表したものではないでしょうか。

 

すこしも苦しまずに幸福をつくっているやつもいる。

――という1行が

そうでないと文法的に生きません。

 

 

あるいは、大きな省略(飛躍)が凝らされていると考えることもできます。

 

蟻の群れがあり

その中の1匹を凝視した瞬間が扱われたと

誰しもが受け取ることができます。

 

 

蟻のなかには

苦にしている風も見せないのがいて

多くの蟻が必死に働いているのに

あの1匹だけはどのようにしてあのように幸福そうにしていられるのか。

 

小さな羨望がおこるのですが

それが一瞬にして

憎悪へと変わるのを止められません。

 

失われた日々が

不意によみがえったのでしょうか。

 

その答えを見い出したかのように詩(人)は

おもむろにその1匹の蟻を踏み潰してしまいます。

 

 

この行為はやはり幸福にあずかっていない者の屈折というしかなく

それは戦争に否応もなく動員されていることから生じる

二重に疎外された感覚ということができそうです。

 

兵士の休息の合間にこうして

詩人は抑圧されて眠っていた自然な(まっとうな)感覚をとりもどします。

 

 

「蟻」につづく「煉瓦」もまた

休息のひとときに取り戻した思索を刻みます。

 

そこでは

戦争の時間は停止したかのように静寂が漂いますが

「砂漠」にはその静寂の深部から

突然、紫色の着物の女性が登場し

この詩のなかにドラマの進行が期待されますが

記述にはどこかたどたどしいものがあります。

 

 

沙漠

 

 その紫色の着物はまるで貴方を少女のように見せた。夜更けのもうなかば飾窓の閉まっている舗道では篠懸の葉だけ

が微風にゆれていた。この微風は橋のむこうの沙漠から吹いて来る。僕らがたどり着くことのできるのはその沙漠だけか

もしれない。それは仄白い街燈の光る橋のむこうにかすかに見えている。僕はあわてて振り返った。けれど貴方は無言

のうちに沙漠のほうへ足をむけていた。

 僕らの行き着くところは沙漠よりほかにないのだろうか。

 ふと僕は熱気を帯びた微風がもう肋骨にまでも吹きつけているのを知った。

 そこへゆこう。不運の果てへゆこう。いつ来るとも知れない絶望の槌を待つよりは。鋸の

刃のように喰い入ってくる愛の

不安にたえるよりは。だが貴方は黙ったまま舗道のうえの橋のほうへ歩いていた。紫色の着物と銀のロケットとがまるで

その夜の貴方を少女のように見せていた。

(現代詩文庫47「木原孝一詩集」より。※篠懸は「すずかけ」のことです。編者。)

 

 

貴方とは誰なのだろう

――と問うことはそれほど意味のあることではないでしょう。

 

そのことについて

詩(人)は何も示しません。

 

貴方という親密な相手を思わせるだけです。

 

 

僕らの行き着くところは沙漠よりほかにないのだろうか。

――という詩行が

この詩の謎を解くカギとなるでしょう。

 

そこへゆこう。

不運の果てへゆこう。

いつ来るとも知れない絶望の槌を待つよりは。

鋸の刃のように喰い入ってくる愛の不安にたえるよりは。

――という詩行が

詩人の決断を語りますが

この決断の行方はどのようになるでしょうか。

 

貴方は

「沙漠」以後もずっと「Ⅳ」(「星の肖像」と同一ではないかもしれない)に

現われ続けます。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

 

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