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2017年11月23日 (木)

新川和江とその周辺/「始発駅」のころ・1953年の詩人たち/木原孝一「星の肖像」へ「蟻」

 

 

「星の肖像」は昭和29年(1954年)の発行ですから

現代詩文庫47「木原孝一詩集」「Ⅳ」の最終詩「断崖」が

戦後に書かれた可能性を否定できませんし

その可能性が高いといったほうが近いでしょう。

 

だとすると

「断崖」に現われる「火成岩」や「硫黄の匂い」や「黄白色の煙」などが

木原孝一の最後の任地、硫黄島の風景であることを

想像するのはたやすいことです。

 

その風景の一断面が切り取られた回想ということになります。

 

 

では、「Ⅳ」の冒頭詩「鐘」の制作は

いつごろに遡ることができるでしょうか。

 

そういう目で読み返してみると

こちらも、

少年の未来が

戦争の予感、不安・怯えに捉えられた一瞬を

切り取った詩であるように思えてきてなりません。

 

 

しかし、戦争の影を読まないことも可能で

一人の少年が

ある日、家路をいそぐ田舎道で抱いた

わけもわからない不安・怯えが

古寺の鐘の音に遭遇して一気に噴き出てきた経験をあらわした詩であるとすることもできるでしょう。

 

あえて戦争に結びつけなくても

少年を襲った未来への不安を歌った詩として。

 

 

戦争期を経過して作られた詩ならば

少年期を回想するなかに

戦争の体験が混ざり込むのも自然の流れというものです。

 

さて、どちらに読んだらよいでしょうか。

 

ヒントを「星の肖像」の

ほかの詩を読むことによって探ることにしましょう。

 

 

現代詩文庫47「木原孝一詩集」の「Ⅳ」に収められた24篇を

順に読んでいくと。

 

「鐘」は、

白い麦藁帽子の僕、田舎の家への帰りみち

――などと冒頭にあるように、

 

次の「符号」は、学生服の僕、

「沈丁花」は、桧の真新しい机を前に坐っていた。頭髪を短く刈った少年の僕、

「時計塔」は、僕はまだ着なれない背広を気にしながら、

「灯」は、光る波のうえ、二等甲板の白い手摺りにもたれて、

「仮面」、アンペラの扉、クリイクの岸、支那犬の遠吠え、

「貝殻」は、海浜の療養所、

――などと

かならず詩が扱う場所や時が冒頭部に現れるのに気づきます。

 

少年が小学校低学年から高学年へと進級し

中学の終りの頃には実地研修で船に乗り

やがては徴用されて支那の地を踏むといった足跡が記されているのを

読み取ることができるのです。

 

「蟻」は

8番目にある詩ですが

灼けた砂礫が遠くつづいている南瓜畑の道とある場所が

どこのいつのものであるかははっきりしません。

 

流れからいえば

任地のどこかですが

その時の内面の一瞬がクローズアップされて捉えられました。

 

 

 

 灼けた砂礫が遠くつづいている南瓜畑の道を僕は髪を乱したままどこへともなく歩いてい

た。ふと僕は小さな石のかげに一匹の蟻が象形文字のように動いているのを見た。

 すこしも苦しまずに幸福をつくっているやつもいる。

 そう考えると僕はふいにそのちいさな羨望が憎悪に変ってゆくのを知った。そして砂のう

えに動いている一匹の蟻を踏み潰した。まるで不運がさせる僕の空白の日日にむくいるか

のように。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

 

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