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2017年11月29日 (水)

新川和江とその周辺/「始発駅」のころ・1953年の詩人たち/木原孝一の自由詩「星の肖像」

 

 

 

星の肖像

 

海盤車が清教徒を濡らしてゐる

砂丘の向ふで

生命のキャンドルが炎えあがる

 

閉された繭のなかの愛の沙漠

そこから

オボエを吹き乍ら潜水夫が戻つて來る

 

翼のない阿呆鳥よ

華麗な夜の盗賊よ

昨日のアルルカンが消えて行く

 

なかば崩れた石の階段で

裸像の

かるいアントルシアがひかる

 

不意におびただしい隕石が落ちて來る

ねじれた蝙蝠傘が砕ける

さうして未來の希臘が受胎される

 

(「コレクション・戦後詩誌1」(ゆまに書房)所収「純粋詩」(第10号)1946年12月号より。)

 

 

この詩は

「純粋詩」1946年12月号に

木原孝一が「星の肖像」というタイトルで発表した詩です。

 

読んでの通り散文詩ではなく

口語自由詩といえるものです、

歴史的表記ですが。

 

この詩が散文詩集「星の肖像」とどのような関係にあるのか

厳密にはわかりませんが

「星の肖像」というネーミングを

詩人が大事にしていたことがわかります。

 

「星の肖像」の星には

あきらかに詩人が仮託されていて

詩人の来歴なり経験なり足跡なりが

星の歴史として記されようと意図されています。

 

詩人は

自らのプロファイル(肖像)を刻んでおこうとしたのでしょう。

 

 

「星の肖像」というタイトルが公になったのは

この詩が最初だったのではないでしょうか。

 

ところがこの詩は

同じ「荒地」グループの詩人、北村太郎によって批判されました。

 

 

北村太郎は最終連の3行、

 

不意におびただしい隕石が落ちて來る

ねじれた蝙蝠傘が砕ける

さうして未來の希臘が受胎される

――を引用して

この詩行が8年前の「VOU」をめくれば

同じような詩が発見されるだろう、全く変化がないのだ、とこっぴどく批判します。

 

この指摘はくっきりしているものの

西脇順三郎がニーチェの言葉をもじった「あまりに人間的でない」を

この批判にあてはめようとして

木原孝一とこの「星の肖像」という詩の接触点が見えないと指摘したあたりまではわかるのですが

それを近代芸術の魔力と言ったところで

論旨は拡大して不明になり

いずれ詳しく論じたいと評論を終えてしまいました。

 

近代芸術の魔力と北村太郎が言ったものが

この「星の肖像」にあるでしょうか?

 

それを言う以前の

モダニズム詩の残滓を指摘するならわかりますが

なんとも尻切れトンボの批評でした。

 

 

木原孝一が

北村太郎の批判をどのように受け止めたかはわかりませんが

散文詩集「星の肖像」が

この行分け詩「星の肖像」とはまるで異なる作品群でできていることに

その反応を見ないわけにはいきません。
 
それにもまして

この自由詩に

閉された繭のなかの愛の沙漠

――として現れる愛が

散文詩集「星の肖像」のメーンテーマである愛にクロスオーバーしているところは

見過ごすわけにはいきません。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

 

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