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2017年12月 3日 (日)

新川和江とその周辺/「始発駅」のころ・1953年の詩人たち/木原孝一と「詩学」

 

 

 

秋谷豊が第10号(1946年12月号)を最後に「純粋詩」を退きます。

「ゆうとぴあ」の創刊に加わるためでした。

 

「ゆうとぴあ」は1946年9月創刊。 

岩谷書店が発行元で、発行人は岩谷満、

秋谷豊は、城左門、岩谷健司、武田武彦とともに編集に名を連ねます。

 

木原孝一は「ゆうとぴあ」創刊号に

詩を発表したこともあり

編集者であった秋谷豊と接触しますが

二人は戦時下の交書会の頃から

互いを知る関係にありました。

 

 

「ゆうとぴあ」は第6号を出した1947年5月で終刊、

第7号から「詩学」に改題し(これが創刊号)

新陣容で再出発します。

 

この「詩学」に木原孝一が参画し

秋谷豊は参画しませんでしたから

2人は丁度入れ替わる形になりました。

 

こうして

秋谷豊は1947年7月に、第2次「地球」を創刊しますが 

体調不良で2号で休刊、

1950年4月、第3次「地球」創刊への足どりをたどり

いっぽうの木原孝一は「詩学」編集者の道を歩むことになったのです。

 

 

「地球」年表の1954年の項に

「地球」主催の第1回詩の講演会(3月7日)の報告記録があり、

木原孝一「現代詩のジレンマ」

鮎川信夫「『荒地』の詩について」

安東次男「抒情詩の課題」

沢村光博「ネオ・リアリズムについて」

秋谷豊「現代におけるリリシズムの問題をめぐって」

――などと講師と演題が列挙されています。

 

(そしてこの講演会は)

「詩学」「荒地」「列島」「時間」「地球」等、

有力詩誌代表による現代詩をめぐる公開シンポジューム会の観があり盛会であった

――と秋谷豊によるものと思われる付記があります。

 

さらに、10月31日の「地球詩集」および1954年度同人詩集出版記念会については、

木原孝一の「地球」グループの紹介に始まり、草野心平、服部嘉吉、安西均、大岡信、関根弘ら94名が参加、盛会

――の記録があります。

 

 

1954年は「詩学」の編集者に木原孝一が着任して7年、

11月には第1詩集である「星の肖像」を発表しました。
 
「地球詩集・第1集」が7月に発行され

秋谷豊がの第1詩集「葦の遍歴」は12月に出されました。

 

新川和江が第1詩集「睡り椅子」を出したのは

これより1年早い、1953年の7月でした。

 

「荒地詩集」は1951年の第1集、

この年、1954年には第4集を出しています。

 

前回に読んだ木原孝一の「彼方」は

「荒地詩集1953」に初出発表されています。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

 

 

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