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2018年1月16日 (火)

年末年始に読む中原中也/含羞(はじらい)・その3

 

 

死んだ児のイメージが中原中也の詩に現れるのは度々ですが

この詩「含羞」では

死児らがまばたきしたその時に

彼方の野の上に

アストラカンのあいまを縫って歩く(飛ぶ?)古代の象が現われるのです。

 

古代の象の夢なりき

――とあるのですから

強い断定の表現です。

 

ということは

はるか彼方ではありますが目前に

アストラカンと象が動いている映像が

くっきりと見えていることになります。

 

 

空のスクリーンに生きもののイメージを見るのは

「サーカス」

「凄じき黄昏」

「秋の夜空」

「宿酔」

――などと「山羊の歌」にある詩群をすぐさま思い出すことができ

中也の幻視力・幻想力の卓越ぶりを示しますが

ここは死んだ児です。

 

そうざらにはないと思いきや

「新編中原中也全集」には

死児のイメージが現われる例を

幾つか挙げています。

 

「無題(疲れた魂の上に)」(未発表詩篇)

「秋の日曜」(同)

「月の光 その一」(在りし日の歌)

「月の光 その二」(同)

――ですが

「含羞」もこの中に入ります。

 

 

アストラカンのあわい縫うというのは

アストラカンの群れの間を縫ってという意味で

その群れの間を1頭の象が悠然と(?)のし歩いている光景のようですが

これは古生代の恐竜が生息していた時代の景色を想定してもいいけれども

やはり有史の神話時代の1コマではないでしょうか。

 

ランボーの初期作品には

ギリシア神話をモチーフにした詩が多くあり

古代の象が現れます。

 

ランボーの翻訳に取り組む中で

中也は挿絵入りのギリシア神話をどこかで読んだか

なにがしかのイメージ入りの資料を目にしたかしたはずで

その映像が

彼方の野の上に実際見えたことを

「含羞」で歌ったのではないでしょうか。

 

雲の形が

アストラカンと象の姿に見えたという説もあるようですが

死児らのまばたきが

木々の交差するあたりの空に見えたのが

光の明滅(みんめつ)であったにせよ

こちらははっきりとした映像だったように思えてなりません。

 

 

秋の日のとある山影の

椎の枯葉の落窪に

幹々がおとなびて立っている。

 

幹々へ向けられた視線は

梢の枝々の組みかわすあたりの空へ誘導され

そこに死児らの亡霊が満ちている

 

光が明滅(=死児らがまばたき)するとき

アストラカンと象の絵が見えます――。

 

 

しかし詩人は今

椎の枯葉の落窪にいます。

 

なにゆえに

このように

こころが羞じらうのだろうかと

自らに問い詰める現在にいます。

 

 

含 羞(はじらい)

        ――在りし日の歌――

 

なにゆえに こころかくは羞(は)じらう

秋 風白き日の山かげなりき

椎(しい)の枯葉の落窪(おちくぼ)に

幹々(みきみき)は いやにおとなび彳(た)ちいたり

 

枝々の 拱(く)みあわすあたりかなしげの

空は死児等(しじら)の亡霊にみち まばたきぬ

おりしもかなた野のうえは

“あすとらかん”のあわい縫(ぬ)う 古代の象の夢なりき

 

椎の枯葉の落窪に

幹々は いやにおとなび彳ちいたり

その日 その幹の隙(ひま) 睦(むつ)みし瞳

姉らしき色 きみはありにし

 

その日 その幹の隙 睦みし瞳

姉らしき色 きみはありにし

ああ! 過ぎし日の 仄(ほの)燃えあざやぐおりおりは

わが心 なにゆえに なにゆえにかくは羞じらう……

 

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えてあります。「あすとらかん」の傍

点は“ ”で表示しました。)

 

 

次回に続きます。

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