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2018年1月 4日 (木)

年末年始に読む中原中也/雪の賦

 

 

よくもまあ晴天が続くこととうれしいのですが

北日本には爆弾低気圧が居座って

連日の猛吹雪ということで

喜んでばかりもいられません。

 

家康公よ

よくぞ東京に居城を置いてくれたものですと

ふだん思いもしないことを思ってみるのですが

東京にも雪は降ります。

 

2・26事件が起きた昭和11年(1936年)2月26日は

少し前に降った大雪の雪が残り

その上に再び降ったということです。

 

 

雪の賦

 

雪が降るとこのわたくしには、人生が、

かなしくもうつくしいものに――

憂愁(ゆうしゅう)にみちたものに、思えるのであった。

 

その雪は、中世の、暗いお城の塀にも降り、

大高源吾(おおたかげんご)の頃にも降った……

 

幾多(あまた)々々の孤児の手は、

そのためにかじかんで、

都会の夕べはそのために十分悲しくあったのだ。

 

ロシアの田舎の別荘の、

矢来(やらい)の彼方(かなた)に見る雪は、

うんざりする程永遠で、

 

雪の降る日は高貴の夫人も、

ちっとは愚痴(ぐち)でもあろうと思われ……

 

雪が降るとこのわたくしには、人生が

かなしくもうつくしいものに――

憂愁にみちたものに、思えるのであった。

 

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えてあります。)

 

 

この詩は

昭和11年4月10日発行の「四季」に発表されていますから

2・26事件のイメージがかぶさるのはごく自然のなりゆきです。

その上、雪の風景ということで

赤穂浪士の討ち入りを詩人はオーバーラップさせたのでしょうし

なかでも浪士の一人、大高源吾には特別のシンパシーを抱いていたのでしょうけれど

見落としてならないのは

つづいて登場する

孤児と高貴の夫人です。

 

高貴の夫人には

かつての恋人、泰子の面影がありますが

ここに現われる孤児を

とりわけ見過ごしてはなりません。

 

 

この詩に

孤児が現われなかったならば

この詩の深みは一気に吹き飛んでしまいます。

 

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