年末年始に読む中原中也/いちじくの葉
この詩も
春の詩ではありません。
◇
いちじくの葉
いちじくの、葉が夕空にくろぐろと、
風に吹かれて
隙間(すきま)より、空あらわれる
美しい、前歯一本欠け落ちた
おみなのように、姿勢よく
ゆうべの空に、立ちつくす
――わたくしは、がっかりとして
わたしの過去の ごちゃごちゃと
積みかさなった思い出の
ほごすすべなく、いらだって、
やがては、頭の重みの現在感に
身を托(たく)し、心も托し、
なにもかも、いわぬこととし、
このゆうべ、ふきすぐる風に頸(くび)さらし、
夕空に、くろぐろはためく
いちじくの、木末(こずえ) みあげて、
なにものか、知らぬものへの
愛情のかぎりをつくす。
(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)
◇
美しい、
前歯一本欠け落ちた
おみな
姿勢よく
ゆうべの空に、
立ちつくす
◇
第1連の言葉の
この不思議な力(ちから)は何でしょうか。
◇
くどくどとああでもないこうでもないと
過去の思い出のこんぐらがってるのに
身も心もまかせている自分というのが
きっとだれにでもあって
いつしか頭さえ重くなってもなお
ごちゃごちゃと考えあぐねている……。
この詩は
そういうがんじがらめの心の状態を断ち切って
なんにも言わないことにして
首のあたりを風にさらして
いちじくのこんもりと繁る梢を見あげては
何ものか見知らぬ存在に
愛情をそそごうとする詩人の意志を表明します。
過去にとらわれているよりも
明日(あす)を見ようとします。
◇
そのきっかけになった
夕方のいちじくの葉群れ。
◇
詩人はここでも
自らを勇気づけ
詩を読む若者を元気づけます。
若者ばかりではなく
齢(よわい)を重ねた人々をも
勇気づけます。
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