年末年始に読む中原中也/春と赤ン坊
いま目の前に
小学校の生徒たちがいれば
みんなで声を合わせて
朗誦してもらいたい。
中学生でも
高校生でも
大学生でもよい
おばさんたちでも
おじいさんたちでも。
◇
春と赤ン坊
菜の花畑で眠っているのは……
菜の花畑で吹かれているのは……
赤ン坊ではないでしょうか?
いいえ、空で鳴るのは、電線です電線です
ひねもす、空で鳴るのは、あれは電線です
菜の花畑に眠っているのは、赤ン坊ですけど
走ってゆくのは、自転車々々々
向(むこ)うの道を、走ってゆくのは
薄桃色(うすももいろ)の、風を切って……
薄桃色の、風を切って
走ってゆくのは菜の花畑や空の白雲(しろくも)
――赤ン坊を畑に置いて
(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えてあります。)
◇
だれか一人が口ずさみはじめると
自分も唱和したくなる
この不思議な詩行の連続――。
呆気(あっけ)に取られているまもなく
仰天の世界へ身体ごと運ばれていきます。
いちめんの菜の花畑には
生れたばかりの赤ん坊が眠っているという幻想は
とんでもなく非現実的のようで
否定しようになくありそうな風景で
ずっとそのままそこにそうしていてほしい
幸福を絵に描いたような空間のようですけれど
詩(人)は
その上の空に鳴っている電線の唸り声を聞かざるを得ないのです。
幸福すぎてはかない風景の
永遠を願うかのように
この風景を強固にしたくなったのでしょう、
きっと。
幸福と幸福すぎることの不安と。
◇
すると、
ここに自転車が
薄桃色にかすむ空の
風を切って走ってゆくと
菜の花畑も空の白雲も
いっしょくたになって
走っていってしまいます。
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