年末年始に読む中原中也/冷たい夜
なぜ人は悲しむのでしょうか。
埒(らち)のあかない問いを問い始めるときに
中也のこの詩は
不思議にやすらぎを与えてくれます。
◇
冷たい夜
冬の夜に
私の心が悲しんでいる
悲しんでいる、わけもなく……
心は錆(さ)びて、紫色をしている。
丈夫な扉の向うに、
古い日は放心している。
丘の上では
棉(わた)の実が罅裂(はじ)ける。
此処(ここ)では薪(たきぎ)が燻(くすぶ)っている、
その煙は、自分自らを
知ってでもいるようにのぼる。
誘われるでもなく
覓(もと)めるでもなく、
私の心が燻る……
(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えてあります。)
◇
この詩で燻るというのは
なにか悲しみの向うへ行く糸口のような――。
心は錆(さ)びて、紫色をしている。
――という状態が
悲しみの状態そのものであるとすれば
そことは違う心の状態への足がかりであるような――。
綿の実がはじける
うららかな暖(あたた)かな時間へ
こころが向かう兆(きざ)しのようです。
悲しみの底に底はなく
いつしか
誘われるでもなく
覓(もと)めるでもなく
燻りはじめる……。
◇
悲しみの時間は
無限のものではないよ
思いっきり悲しめばいいよ
――とでも言っているかのように読めることがあります。
« 年末年始に読む中原中也/朝の歌 | トップページ | 年末年始に読む中原中也/春と赤ン坊 »
「0169折りにふれて読む名作・選」カテゴリの記事
- 年末年始に読む中原中也/含羞(はじらい)・その8(2018.01.23)
- 年末年始に読む中原中也/含羞(はじらい)・その7(2018.01.22)
- 年末年始に読む中原中也/含羞(はじらい)・その6(2018.01.19)
- 年末年始に読む中原中也/含羞(はじらい)・その5(2018.01.18)
- 年末年始に読む中原中也/含羞(はじらい)・その4(2018.01.17)
コメント