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2018年2月

2018年2月28日 (水)

中原中也・詩の宝島/ジュピター神の砲(ひづつ)と古代ギリシア

 

 

ジュピター神の砲(ひづつ)という語彙(ごい)を

中也はどのようにして自分の表現としたのか。

 

現代でこそジュピターは

カタカナ語(日本語)として

中学生でも知っているものになっていますが

ギリシア神話に現われるジュピターは

ダダイスト中也の語彙にはなかったのではないかと

ふとした疑問を抱いて調べてみました。

 

といっても

学者・研究者の姿勢はとりようになく

「ノート1924」の詩群から「朝の歌」までの詩を

ざっとめくってみただけですが。

 

 

ランボーばかりでなく

フランス象徴詩派ばかりでなく

西欧文学を読んでいけば

キリスト教とともに古代ギリシアの造詣(ぞうけい)に圧倒されざるを得ず

中也もまたそれ相当に格闘したことを想像してみましょう。

 

ランボーをひもといただけでも

出くわさないわけにいかないほど

ジュピター神は

ありふれて登場する古代の神々の中心的存在なのだから

富永太郎や小林秀雄や河上徹太郎らが

すでに親しんでいて

普段の会話のなかに

ジュピターの一つ現れないわけがないと想像してみましょう。

 

 

案の定といいましょうか

「ノート1924」の詩群には

神話時代のギリシアも

古典時代のギリシアも

ほぼ現われないことが分かりました。

 

 

今回はここまで。

 

 

冬の明け方

 

残(のこ)んの雪が瓦(かわら)に少なく固く

枯木の小枝が鹿のように睡(ねむ)い、

冬の朝の六時

私の頭も睡い。

 

烏(からす)が啼(な)いて通る――

庭の地面も鹿のように睡い。

――林が逃げた農家が逃げた、

空は悲しい衰弱。

      私の心は悲しい……

 

やがて薄日(うすび)が射し

青空が開(あ)く。

上の上の空でジュピター神の砲(ひづつ)が鳴る。

――四方(よも)の山が沈み、

 

農家の庭が欠伸(あくび)をし、

道は空へと挨拶する。

      私の心は悲しい……

2018年2月27日 (火)

中原中也・詩の宝島/ジュピター神の砲(ひづつ)/ランボーという事件

 

 

「冬の明け方」の初出は

「歴程」の昭和11年(1936年)4月号です。

 

中也はこの頃

草野心平の誘いに応じるまま(といっていいか)

「歴程」の同人になっています。

 

驚くべきことに(驚かないでいられる人もあるかもしれませんが)

この歴程(第2次)の編輯同人に

尾形亀之助の名がありました。

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰ解題篇)

 

 

ジュピター神の砲(ひづつ)という表現が

いつしか心の中に喰いこんでいたのに気づいたのは

冬の早朝の職場への道すがらでありましたが

早朝どころか太陽が東の空を割って出て

次第に青空が開け

そしてみなぎる陽光が街にかぎろいを生むまでの(それ以後ももちろん!)

お天道様の僥倖(ぎょうこう)を目撃し実感したからでありました。

 

陽一つが

星一つが

花一つが

生きていることの無駄でないことを

ジュピター神の砲(ひづつ)はあらためて教えてくれているように思えたのですが

その時、同時にランボーの詩篇を介した

小林秀雄と富永太郎の交感の物語(事件)が

頭の中を駆けめぐっていました。

 

京都の中原中也を訪れた富永太郎は

自らの詩のノートに筆写して持っていたランボーの詩篇「酔っぱらった船」を

中也に読み聞かせました。

 

初めて「酔っぱらった船」を読んだ中也は

以後、何度もこの詩を筆写するどころか

富永太郎が帰京したあとを追いかけるように上京し
フランス語でランボーほかの詩人の作品を読みながら

本気で詩人の道を歩みはじめます。

 

これが東京漂流のはじまりです。

 

佐々木幹郎「中原中也――沈黙の音楽」(岩波新書)は

その経緯をスリリングに記しています。

 

 

中也がダダイズムの詩から離れるきっかけに

富永太郎との交流のなかで知った

ランボーとの出合いがありました。

 

中也は以来ランボーをはじめとするフランス象徴詩を学びはじめ

フランス語を習得しつつ翻訳にも取り組んで

1933年(昭和8年)に「ランボオ詩集<学校時代の詩>」

1937年(昭和12年)には「ランボオ詩集」を翻訳刊行するまでになります。

 

 

今回はここまで。

 

 

冬の明け方

 

残(のこ)んの雪が瓦(かわら)に少なく固く

枯木の小枝が鹿のように睡(ねむ)い、

冬の朝の六時

私の頭も睡い。

 

烏(からす)が啼(な)いて通る――

庭の地面も鹿のように睡い。

――林が逃げた農家が逃げた、

空は悲しい衰弱。

      私の心は悲しい……

 

やがて薄日(うすび)が射し

青空が開(あ)く。

上の上の空でジュピター神の砲(ひづつ)が鳴る。

――四方(よも)の山が沈み、

 

農家の庭が欠伸(あくび)をし、

道は空へと挨拶する。

      私の心は悲しい……

 

 

 

 

 

2018年2月25日 (日)

中原中也・詩の宝島/ジュピター神の砲(ひづつ)/「冬の明け方」その3

 

 

「冬の明け方」の第3、4連に、

四方(よも)の山が沈み、

農家の庭が欠伸(あくび)をし、

道は空へと挨拶する。

――とあるのは

次第に朝が広がっていく様子を

遠景から近景へと展開する

実はリアルで緻密な描写であることに気づくでしょうか?

 

 

第1連と第2連では

陽射しの出る前のそれを

擬人法をまじえて

こちらもリアルに描写していますね。

 

描写といっても

写実のことではありませんが。

 

残(のこ)んの雪 は、少なく固く

枯木の小枝は、(鹿のように)睡い

私の頭も、睡い

烏(からす)は、泣いて通る

庭の地面は、(鹿のように)睡い

林は、逃げた

農家は、逃げた

空は、悲しい衰弱

――という具合。

 

 

青空が開けて

鳴り響くのが

ジュピター神の砲(ひづつ)です。

 

太陽は

姿形(すがたかたち)を見せずに

音として登場します。

この音は

聞こえない音、沈黙の音楽(佐々木幹郎)です。

 

陽の光は

ジュピター神の号砲=音が鳴り響くかのようにして 

自ずと射しはじめるのです。

 

このように

山、農家の庭、道……と

あたりに朝が訪れますが

私の心は悲しいのです。

 

 

今回はここまで。

中原中也・詩の宝島/「冬の明け方」番外編/尾形亀之助の「東雲」

 

 

日の出の瞬間をとらえた詩は

たくさん存在することでしょう。

 

偶然見つけたのは

尾形亀之助(1900~1942)の次の詩です。

 

 

東雲(しののめ)

(これからしののめの大きい瞳がはじけます)

 

しののめだ

太陽に燈(ひ)がついた

 

遠くの方で

機関車の掃除(さうじ)が始まつてゐる

そして 石炭がしつとり湿(しめ)つてゐるので何か火夫がぶつぶつ言つてゐるのが聞えるやうな気がする

そして

電柱や煙突はまだよくのびきつてはゐないだろう

 

(中公文庫「日本の詩歌26 近代詩集」より。)

 

 

この詩は

第1詩集「色ガラスの街」に収録されています。

(※「色ガラスの街」は、「青空文庫」「国会図書館デジタルコレクション」でも読むことができます。「青空文庫」の「色ガラスの街」はKindle版にもラインアップされています。)

 

「色ガラスの街」は

大正14年(1925年)に発行されましたから

歴史的かな遣いで表記されています。

 

それでやや古めかしい感じになりますから

現代かな遣いで読んでみましょう。

 

 

東雲(しののめ)

(これからしののめの大きい瞳がはじけます)

 

しののめだ

太陽に燈(ひ)がついた

 

遠くの方で

機関車の掃除(そうじ)が始まっている

そして 石炭がしっとり湿(しめ)っているので何か火夫がぶつぶつ言っているのが聞えるような気がする

そして

電柱や煙突はまだよくのびきってはいないだろう

 

 

大正14年、1925年は

中原中也が泰子とともに上京した年です。

 

小林秀雄を知り

泰子は小林と暮らしはじめた年ですし

富永太郎が死亡した年でした。

 

 

今回はここまで。

2018年2月22日 (木)

中原中也・詩の宝島/ジュピター神の砲(ひづつ)/「冬の明け方」その2



ジュピター神の砲(ひづつ)が
実際に鳴るわけではありません。

にもかかわらず
聞こえる音は
雲間をバリバリ割る陽の光のせいでしょうか。

待望する心の
錯覚でしょうか。

冬の朝の寒さを
じっと耐えて待つ人々の
幻覚でしょうか。



「冬の明け方」は
ジュピター神の登場の後、

四方(よも)の山が沈み、
農家の庭が欠伸(あくび)をし、
道は空へと挨拶する
――という景色を歌います。

青空が荘厳に華麗に幕開けし
風景が日常を取り戻しても
心はいっこうに動きません。



ジュピター神の恩恵を
「冬の明け方」の詩人は歌おうとしないのです。




今回はここまで。

2018年2月21日 (水)

中原中也・詩の宝島/ジュピター神の砲(ひづつ)/「冬の明け方」



朝4時半に起床すると
空はまだ漆黒の闇です。

まずは髭をそり
熱い茶をすすってから
昼の弁当をこしらえたりしているうちに
1時間ほどがあっという間に過ぎてゆきます。

家を出て
40分ほど歩くと職場の駐輪場につきます。

3日に1度のアルバイトで気楽なものといえば気楽ですが
冬場はそれなりに厳しいもので
天候が格別気になります。

東の空を見ては
雲の状態を確かめ
日の出を待望するのです。



2018年2月14日の日の出は6:29、
丁度始業の時刻です。

明日2月22日の日の出は
6:20ですから
およそ1週間で9分ほど早まっていることになります。

職場に入るのが6:15ころ、
準備して仕事につく6:30には
夜が明けて空が白むのです。



中原中也が「冬の朝」でさり気なく歌った
ジュピター神の砲(ひづつ)――。

その号砲が鳴り響く前の
静寂。

陽光を待望する
ものみな謙抑(けんよく)の時。

おお、ジュピター!

陽が現われる瞬間の
歓喜。



今回はここまで。



冬の明け方

残(のこ)んの雪が瓦(かわら)に少なく固く
枯木の小枝が鹿のように睡(ねむ)い、
冬の朝の六時
私の頭も睡い。

烏(からす)が啼(な)いて通る――
庭の地面も鹿のように睡い。
――林が逃げた農家が逃げた、
空は悲しい衰弱。
     私の心は悲しい……

やがて薄日(うすび)が射し
青空が開(あ)く。
上の上の空でジュピター神の砲(ひづつ)が鳴る。
――四方(よも)の山が沈み、

農家の庭が欠伸(あくび)をし、
道は空へと挨拶する。
     私の心は悲しい……

(「新編中原中也全集」第1巻より。新かなに変えてあります。)

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