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2018年3月18日 (日)

中原中也・詩の宝島/ランボーへの旅立ちと東京漂流/「むなしさ」から

 

 

中原中也が読んだ初めてのランボーは

「酔いどれ船」Bateau ivreの翻訳でした。

 

フランス語を知らないので

翻訳で詩を読むのは

それ以外に道がないわけですから当然のことでしたが

大正13年(1924年)から2年の間に3回筆写した生の原稿が残っているのですから

熱の入れようが想像できるというものです。

 

 

中也は生前に

「アルチュル・ランボオ詩集<学校時代の詩>」(昭和8年12月)

「ランボオ詩抄」(昭和11年6月)

「ランボオ詩集」(昭和12年10月)

――の3冊を刊行。

 

雑誌に

アンドレ・ジイドなども翻訳し発表しました。

 

「ランボオ詩集」は

小林秀雄の「地獄の季節」「飾画」と補足関係にあったと

大岡昇平は記しています。

 

 

ランボー以外の詩人についても

多量の未定稿を残しましたが

それは角川書店発行の「新編中原中也全集」第3巻「翻訳」に収録されています。

 

大正末年にフランス語を学習しはじめて

10数年でランボーの全訳詩集を発行するまでになったことのほか

角川新全集のこの翻訳のうちわけを見ると

半端ではなかった業績をあらためて知ることになりますし

近年、ますますその評価は高まっています。

 

 

しかし、今、まだ

昭和の初めに中原中也はいます。

 

ランボーと出会ったばかりで

自選詩集を出していない

駆け出しの詩人です。

 

連れだって上京してきたパートナーは

詩人の元を去り

「地獄の季節」に熱中していた東大生と暮らしています。

 

詩人は

「酔いどれ船」さながら

東京の街を漂流しています。

 

漂流のはじまりに

「むなしさ」は書かれました。

 

 

むなしさ

 

臘祭(ろうさい)の夜の 巷(ちまた)に堕(お)ちて

 心臓はも 条網(じょうもう)に絡(から)み

脂(あぶら)ぎる 胸乳(むなぢ)も露(あら)わ

 よすがなき われは戯女(たわれめ)

 

せつなきに 泣きも得せずて

 この日頃 闇(やみ)を孕(はら)めり

遐(とお)き空 線条(せんじょう)に鳴る

 海峡岸 冬の暁風(ぎょうふう)

 

白薔薇(しろばら)の 造花の花弁(かべん)

 凍(い)てつきて 心もあらず

明けき日の 乙女の集(つど)い

 それらみな ふるのわが友

 

偏菱形(へんりょうけい)=聚接面(しゅうせつめん)そも

 胡弓(こきゅう)の音(ね) つづきてきこゆ

 

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えてあります。)

 

 

今回はここまで。

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