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2018年3月23日 (金)

中原中也・詩の宝島/「秋の愁嘆」ダダ脱皮の途上で/富永太郎「秋の悲歎」のパロディー

 

 

 

秋の愁嘆

 

ああ、秋が来た

眼に琺瑯(ほうろう)の涙沁(し)む。

ああ、秋が来た

胸に舞踏の終らぬうちに

もうまた秋が、おじゃったおじゃった。

野辺を 野辺を 畑を 町を

人達を蹂躪(じゅうりん)に秋がおじゃった。

 

その着る着物は寒冷紗(かんれいしゃ)

両手の先には 軽く冷い銀の玉

薄い横皺(よこじわ)平らなお顔で

笑えば籾殻(もみがら)かしゃかしゃと、

へちまのようにかすかすの

悪魔の伯父(おじ)さん、おじゃったおじゃった。

          (一九二五・一〇・七)

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

 

 

大岡昇平はこの詩が

富永太郎の「秋の悲歎」の戯画化であることを推測しています。

 

あきらかにパロディーですが

「秋の悲歎」への返歌であり

競作であり

反歌であったのかもしれません。

 

意図がどうであれ

詩は

ダダっぽい道化調を残しながら

ダダを脱皮し

独自の詩世界に到達しているところに驚かされます。

 

 

この詩の末尾に

制作日1925年10月7日とある日の

翌日の10月8日、

小林秀雄は長谷川泰子と忍びあい

伊豆大島への旅行に出る予定でしたが

待ち合わせ場所の品川駅に泰子は現れなかったため

一人で大島に出発したという事件がありました。

 

また、およそ1か月後の11月12日に

富永太郎が亡くなるという事態に

中也は衝撃を受けます。

 

長谷川泰子が小林秀雄と暮らしはじめるのは

11月下旬(推定)になりますが

その直前に泰子から離別を告げられるまで

中也は二人の間に進行する恋愛劇に気づかなかったそうです。

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱ、「秋の愁嘆」解題篇。)

 

 

詩(テキスト)の外で起こっている事実に

悪魔の伯父さんとあるのが

あまりにも符号していて

俄(にわ)かに信じがたい詩のリアリティーというものにも驚かされます。

 

 

今回はここまで。

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