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2018年3月12日 (月)

中原中也・詩の宝島/「羊」への愛着/「初恋集 むつよ」

 

テキスト(作品)の外部の言葉として

もう一つ。

 

中原中也と山羊の関わりについて

中原家の4男、思郎(中也は長男)が書き残すのは

父、謙助が実際に飼っていた山羊のことです。


 

① 中也の父謙助は、湯田医院長のとき山羊を飼った。牡牝2頭。飼った当初は、小枝のよ

うな角が突き出ていたが、日が経つにつれて角は太くなり後ろに曲ってきた。やがて牝が

妊娠し2頭の仔山羊を産んだ。

中也たちは分娩の現場を目撃し、溢れる羊水と、ブラリと垂れ下がった胎盤に衝撃を受け

た。産後は悪く牝は死に、間もなく牡も何処かに消えた。

 

② 山羊健在の頃、中也たちは、近くの野原に山羊を連れていき、近所の子供たちに誇示

するかのように山羊に巻きついて戯れた。山羊は首をのばしてメーメーと鳴いた。

――などと「事典・中也詩と故郷」(「中原中也必携」学燈社、1979年)に記しました。

 

山羊を飼っていたころに

中也が山口中学を落第する事件がありました。

 

謙助の落胆は深刻で

これを機に湯田医院の衰微がはじまったそうです。

 

山羊の乳と牛の乳の栄養学的な比較研究と

入院患者へ羊乳を試飲させるサービスをかねた

医院の権威づけを意図したものでした。

 

山羊は

湯田医院の消長の象徴であったと

記したものでした。

 

 

中也本人が

これらのことを認識していなかったものとは思えませんから

山羊への思い入れは一入(ひとしお)であったことが想像できますね。

 

テキスト(詩作品)を離れた現実生活の

第1次資料として

これらの証言は貴重ですし

溜飲の下がる思いになります。

 

 

思郎はこれらの記述につづけて

「初恋集 むつよ」を案内しています。

 

なかに野羊が現われますから。

 

 

初恋集

 

むつよ

 

あなたは僕より年が一つ上で

あなたは何かと姉さんぶるのでしたが

実は僕のほうがしっかりしてると

僕は思っていたのでした

 

ほんに、思えば幼い恋でした

僕が十三で、あなたが十四だった。

その後、あなたは、僕を去ったが

僕は何時まで、あなたを思っていた……

 

それから暫(しばら)くしてからのこと、

野原に僕の家(うち)の野羊(やぎ)が放してあったのを

あなたは、それが家(うち)のだとしらずに、

それと、暫く遊んでいました

 

僕は背戸(せど)から、見ていたのでした。

僕がどんなに泣き笑いしたか、

野原の若草に、夕陽が斜めにあたって

それはそれは涙のような、きれいな夕方でそれはあった。 

(1935・1・11)

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

 

 

今回はここまで。

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