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2018年3月24日 (土)

中原中也・詩の宝島/「或る心の一季節」ダダ脱皮の途上で/富永太郎「秋の悲歎」のパロディー・その2

 

 

富永太郎の「秋の悲歎」に呼応した

中原中也の詩で

もう一つ読んでおきたいのは

「或る心の一季節」という散文詩です。

 

中也が上京して書いた

初の作品です。

 

 

或る心の一季節

           ――散文詩

 

 最早(もはや)、あらゆるものが目を覚ました、黎明(れいめい)は来た。私の心の中に住

む幾多のフェアリー達は、朝露の傍(そば)では草の葉っぱのすがすがしい線を描いた。

 私は過去の夢を訝(いぶか)しげな眼で見返る………何故(ナニユエ)に夢であったかは

まだ知らない。其処(そこ)に安座(あんざ)した大饒舌(だいじょうぜつ)で漸(ようや)く癒る

程暑苦しい口腔(こうくう)を、又整頓を知らぬ口角を、樺色(かばいろ)の勝負部屋を、私

は懐(なつか)しみを以(もっ)て心より胸にと汲(く)み出だす。だが次の瞬間に、私の心は

はや、懐しみを棄てて慈(いつく)しみに変っている。これは如何(どう)したことだ?………

けれども、私の心に今は残像に過ぎない、大饒舌で漸く癒る程暑苦しい口腔、整頓を知ら

ぬ口角、樺色の勝負部屋……それ等の上にも、幸いあれ!幸いあれ!

 併(しか)し此(こ)の願いは、卑屈(ひくつ)な生活の中では「ああ昇天は私に涙である」と

いう、計(はか)らない、素気(すげ)なき呟(つぶや)きとなって出て来るのみだ。それは何

故(なぜ)か?

 

 私の過去の環境が、私に強請(きょうせい)した誤れる持物は、釈放さるべきアルコール

の朝(アシタ)の海を昨日得ている。だが、それを得たる者の胸に訪れる筈(はず)の天使

はまだ私の黄色の糜爛(びらん)の病床に来ては呉(く)れない。――(私は風車の上の空

を見上げる)――私の唸(うめ)きは今や美(うる)わしく強き血漿(けっしょう)であるに、そ

の最も親わしき友にも了解されずにいる。………

 私はそれが苦しい。――「私は過去の夢を訝しげな眼で見返る………何故に夢であった

かはまだ知らない。其処に安座した大饒舌で漸く癒る程暑苦しい口腔を、又整頓を知らぬ

口角を、樺色の勝負部屋を、私は懐しみを以て心より胸にと汲み出す」――さればこそ私

は恥辱を忘れることによっての自由を求めた。

 友よ、それを徒(いたず)らな天真爛漫と見過(みあやま)るな。

 だが、その自由の不快を、私は私の唯一つの仕事である散歩を、終日した後、やがての

こと己が机の前に帰って来、夜の一点を囲う生暖き部屋に、投げ出された自分の手足を見

懸ける時に、泌々(しみじみ)知る。掛け置いた私の置時計の一秒々々の音に、茫然(ぼう

ぜん)耳をかしながら私は私の過去の要求の買い集めた書物の重なりに目を呉れる、又

私の燈(ともしび)に向って瞼(まぶた)を見据える。

 間もなく、疲労が軽く意識され始めるや、私は今日一日の巫戲(ふざ)けた自分の行蹟

(ぎょうせき)の数々が、赤面と後悔を伴って私の心に蘇るのを感ずる。――まあ其処にあ

る俺は、哄笑(こうしょう)と落胆との取留(とりとめ)なき混交(こんこう)の放射体ではな

かったか!――だが併(しか)し、私のした私らしくない事も如何(いか)にか私の意図した

ことになってるのは不思議だ………「私の過去の環境が、私に強請した誤れる私の持物

は、釈放さるべきアルコールの朝(アシタ)の海を昨日得ている。だが、それを得たる者の

胸に訪れる筈の天使はまだ私の黄色の糜爛の病床に来ては呉れない。――(私は風車

の上の空を見上げる)――私の唸きは今や美わしく強き血漿であるに、その最も親わしき

友にも了解されずにいる」………そうだ、焦点の明確でないこと以外に、私は私に欠点を

見出すことはもう出来ない。

 

 私は友を訪れることを避けた。そして砂埃の立ち上がり巻き返る広場の縁をすぐって歩

いた。

 今日もそれをした。そして今もう夜中が来ている。終列車を当てに停車場の待合室にチョ

コンと坐っている自分自身である。此所から二里近く離れた私の住居である一室は、夜空

の下に細い赤い口をして待っているように思える――

 

 私は夜、眠いリノリュームの、停車場の待合室では、沸き返る一抱きの蒸気釜を要求し

た。

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えてあります。)

 

 

冒頭の、

 最早(もはや)、あらゆるものが目を覚ました、黎明(れいめい)は来た。私の心の中に住

む幾多のフェアリー達は、朝露の傍(そば)では草の葉っぱのすがすがしい線を描いた。

――が富永太郎の「秋の悲歎」の冒頭、

 私は透明な秋の薄暮の中に墜ちる。戦慄は去つた。道路のあらゆる直線が甦る。あれら

のこんもりとした貪婪な樹々さへも闇を招いてはゐない。

――を意識して書かれたことは明らかです。

 

ほかにも呼応し重なっている詩行が見られますが

詩の結末に

微妙とは言えない

大きな差異があるのがわかります。

 

 

私は私自身を救助しよう。

――と富永太郎が書くのは

結核の病状が進むわが身を励ます気持ちを

まっすぐに歌ったものですが

中也は、

停車場の待合室では、沸き返る一抱きの蒸気釜を要求した。

――とダダっぽく歌います。

 

孤独を歌うのですが

お道化て

熱いもの(=沸き返る蒸気釜)を欲しがっている自己を

見つめているのです。

 

 

これも

パロディーのうちに入る詩です。

 

 

富永太郎は前年11月には

京大の学友、村井康男に宛てた書簡に

「ダダイストとのDegoutに満ちたamitieに淫して40日を徒費した」

と記しました。

 

Degout(デグゥ)はフランス語で不快とか嫌悪

Amitie(アミティエ)は友情とか交友という意味です。

 

富永は

わずか5か月あまりの京都滞在中の

中原中也との40日間の激越な交流を

そのように村井に報告せざるを得なかったのです。

 

 

今回はここまで。

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