中原中也・詩の宝島/「幼獣の歌」の太古
ランボーの「太陽と肉体」と「フォーヌの頭」を読んだ後で
中原中也の「幼獣の歌」を読み直したくなるのは
唐突というものでしょうか。
「在りし日の歌」の13番目に
この詩が不意に現れる謎を
その度に通りすぎてきたものですが
ここでじっくりこの詩に向き合うのも
空想の果てには面白いことになりそうです。
◇
幼獣の歌
黒い夜草深い野にあって、
一匹の獣(けもの)が火消壺(ひけしつぼ)の中で
燧石(ひうちいし)を打って、星を作った。
冬を混ぜる 風が鳴って。
獣はもはや、なんにも見なかった。
カスタニェットと月光のほか
目覚ますことなき星を抱いて、
壺の中には冒瀆(ぼうとく)を迎えて。
雨後らしく思い出は一塊(いっかい)となって
風と肩を組み、波を打った。
ああ なまめかしい物語――
奴隷(どれい)も王女と美しかれよ。
卵殻(らんかく)もどきの貴公子の微笑と
遅鈍(ちどん)な子供の白血球とは、
それな獣を怖がらす。
黒い夜草深い野の中で、
一匹の獣の心は燻(くすぶ)る。
黒い夜草深い野の中で――――
太古(むかし)は、独語(どくご)も美しかった!……
(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えてあります。)
◇
この詩が
冒頭詩「含羞(はじらい)」の流れの中に現われ
太古をしのぶ
幼い獣のつぶやきのような歌であってみれば
それはアストラカンや古代の象へと
かすかにそして強く響き合っているように聞こえてきませんか?
◇
黒い夜
草深い野
冬を混ぜる
風が鳴って
風と肩を組み
波を打った
これらの自然は
太古のものですが
ここにパンやサチールやフォーヌが躍動していても
まったく矛盾しませんし
そこに奴隷や王女が登場する謎が
解(ほど)けてくるようです。
◇
今回はここまで。
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