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2018年4月20日 (金)

中原中也・詩の宝島/ランボーを介した交流<はじまり・その11>/富永太郎「遺産配分書」


それに、僕は富永が既にランボオの“Solde”(見切物)に倣(なら)って、美しい「遺産配分

書」を書いていた事を知らなかった。

――と小林秀雄の告白は続きます。

(「ランボオⅢ」より。)

 

 

遺産配分書

 

 わが女王へ。決して穢れなかった私の魂よりも、更に清浄な私の両眼の真珠を。おんみ

の不思議な夜宴の觴に投げ入れられようために。

 

 善意ある港の朝の微風へ。昨夜の酒に濡れた柔かい私の髪を。――蝋燭を消せば、海

の旗、陸の旗。人間は悩まないように造られてある。

 わが友M***へ。君がしばしば快く客となってくれた私の Sabbat の洞穴の記念に、一

本の蜥蜴の脚を、すなわち蠢めく私の小指を。――君の安らかならんことを。

 今日もまた、陽(ひ)は倦怠の頂点を燃やす。

 

 シェヘラザードへ。鳥肌よりもみじめな一夜分の私の歴史を。

 

 S港の足蹇(あしなえ)へ。私の両脚を。君の両腕を断って、肩からこれを生やしたまえ。

私の血は想像し得られる限り不純だから、もしそれが新月の夜ならば、君は壁を攀じて天

に昇ることが出来る。

 

 ***嬢へ。私の悲しみを。

 

 売笑婦T***へ。おまえがどれほど笑いを愛する被造物であるかを確かめるために、

両乳房(ちち)の間に蠍のような接吻を。

 

 巌頭に立って黄銅のホルンを吹く者へ。私の夢を。――紫の雨、螢光する泥の大陸。

――ギオロンは夜鳥の夢に花を咲かす。

 

 母上へ。私の骸は、やっぱりあなたの豚小屋へ返す。幼年時を被うかずかずの抱擁(だ

きしめ)の、沁み入るような記憶と共に。

 

 泡立つ春へ。pang ! pang !

 

(「富永太郎詩集」より。新かな・新漢字に変えました。編者。)

 

 

小林秀雄は

瀕死の病床にあった富永太郎を見舞った時には知らなかった

この詩を後になって読んで

ランボーの匂いを嗅ぎとったようです。

 

 

年譜によれば

「遺産配分書」は1925年(大正14年)4月ごろの制作と推定されています。

 

中原中也が

長谷川泰子とともに上京したのが3月。

 

富永太郎は

4月上旬に転地療養先の藤沢から

代々木富ヶ谷の自宅へ帰ります。

 

この8か月後には亡くなります。

 

「Au Rimbaud」「ランボオへ」は7月に書かれ

これが最終作と考えられていますから

その少し前に「遺産配分書」は書かれたことになります。

 

この3作ともに

ランボーをモチーフにしていることになります。

 

 

東京の街を

富永太郎、小林秀雄、中原中也の3人が

歩いたことはあったのでしょうか。

 

 

今回はここまで。

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