中原中也・詩の宝島/ランボーを介した交流<はじまり・その14/「地獄の季節」の「別れ」
富永太郎が「酔いどれ船」をフランス語で自分のノートに筆写したものを
中也に読み聞かせしていた丁度そのころ
東京・神田の古本店で
小林秀雄はメルキュール版「地獄の季節」と出会い
衝撃を受けます。
その衝撃を伝える相手は
富永太郎のほかにありませんでした。
◇
小林秀雄が富永太郎に送ったのは
「地獄の季節」最終章「別れ」でした。
◇
別れ
もう秋か。――それにしても、何故、永遠の太陽を惜しむのか、俺達はきよらかな光の発
見に心ざす身ではないのか、――季節の上に死滅する人々からは遠く離れて。
秋だ。俺達の舟は、動かぬ霧の中を、纜(ともづな)を解いて、悲惨の港を目指し、焔と泥
のしみついた空を負う巨きな街を目指して、舳先をまわす。ああ、腐った襤褸(らんる)、雨
にうたれたパン、泥酔よ、俺を磔刑にした幾千の愛欲よ。さてこそ、“遂には審かれねばな
らぬ”幾百万の魂と死屍とを啖ふこの女王蝙蝠(こうもり)の死ぬときはないだろう。
皮膚は泥と鼠疫(ペスト)に蝕まれ、蛆虫は一面に頭髪や腋の下を這い、大きい奴は心臓
に這い込み、年も情も弁えぬ、見知らぬ人の直中(ただなか)に、横わる俺の姿が又見え
る、……俺はそうして死んでいたかもしれない、……ああ、むごたらしい事を考える。俺は
悲惨を憎悪する。
冬が慰安の季節なら、俺には冬がこわいのだ。
(文春文庫「考えるヒント4 ランボオ・中原中也」所収「地獄の季節」より。新かなに変えま
した。傍点は” “で示し、改行を加えてあります。編者。)
◇
「別れ」は
この3倍強の量の散文詩ですが
小林が送ったのは
このあたりまでの冒頭部分ではなかったでしょうか。
富永は
それを大書して自室の壁に掲げていたと
大岡昇平は記しています。
それは
京都の下宿でのことだったのでしょうか
はっきり記されていません。
◇
冬が慰安の季節なら、俺には冬がこわいのだ。
――という詩行が
結核菌に冒される富永太郎を
どれだけ励まし、心の救済になったかを
想像することができます。
やがて、彼の詩の衰弱と倦怠とが、ランボオの生気で染色されるのを、僕は見て取った
(以下略)
――と小林が書いたのはこのことでした。
◇
富永太郎が「酔いどれ船」の原文を筆写し
スラッシュ(/)入りで読んで聞かせたのを
中原中也は目を輝かせて
聞き入っている様子が目に見えるようです。
富永太郎が鼻濁音まじりのフランス語で
その「酔いどれ船」を朗読している姿も
彷彿(ほうふつ)としてきますよね。
ベルレーヌが描いた
パイプをくわえてポケットに手を突っ込んで歩いている
流竄天使のようなランボーに
富永太郎は似ていると
小林は他のところで書いているのですが(「ランボオⅡ」)
京都の中也が
そのようないでたちの富永太郎に感化されるのも
手に取るように見えるようです。
◇
「酔いどれ船」を通じた交流が
富永太郎と中原中也の間で頂点に達している頃に
文学との訣別を告げる「地獄の季節」を
小林秀雄は富永太郎に送ったのでした。
◇
今回はここまで。
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