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2018年5月13日 (日)

中原中也・詩の宝島/ランボーを介した交流<はじまり・その24>/「或る夜の幻想」初稿

 

 

ついでですから

元の「或る夜の幻想」を

読んでおきましょう。

 

この詩は初め

1937年(昭和12年)2月20日発行の「四季」に

発表されました。

 

詩人が亡くなった年です。

 

 

或る夜の幻想

 

    1 彼女の部屋

 

彼女には

美しい洋服箪笥があった

その箪笥は

かわたれどきの色をしていた

 

彼女には

書物や

其(そ)の他色々のものもあった

が、どれもその箪笥に比べては美しくもなかったので

彼女の部屋には箪笥だけがあった

 

  それで洋服箪笥の中は
  
  本でいっぱいだった

 

     2 村の時計

 

村の大きな時計は、

ひねもす働いていた

 

その字板のペンキは、

もう艶が消えていた

 

近寄って見ると、

小さなひびが沢山にあるのだった

 

それで夕陽が当ってさえか、

おとなしい色をしていた

 

時を打つ前には、

ぜいぜいと鳴った

 

字板が鳴るのか中の機械が鳴るのか、

僕にも、誰にも分からなかった

 

    3 彼 女

 

野原の一隅には杉林があった。

なかの一本がわけても聳(そび)えていた。

 

或る日彼女はそれにのぼった。

下りて来るのは大変なことだった。

 

それでも彼女は、媚態(びたい)を棄てなかった。

一つ一つの挙動は、まことみごとなうねりで

 

  夢の中で、彼女の臍(おへそ)は、

  背中にあった。

 

    4 或る男の肖像

 

洋行帰りのその洒落者は、

齢をとっても髪にはポマードをつけていた。

 

夜毎喫茶店にあらわれて、

其処の主人と話している様はあわれげであった。

 

死んだと聞いては、

いっそうあわれであった。

 

    5 無題

       ――幻滅は鋼のいろ。

 

髪毛の艶と、ラムプの金との夕まぐれ、

庭に向って、開け放たれた戸口から、

彼は戸外に出て行った。

 

剃りたての、頸条も手頸も、

どこもかしこもそわそわと、

寒かった。

 

開け放たれた戸口から

悔恨は、風と一緒に容赦なく

吹込んでいた。

 

読書も、しんみりした恋も、

暖かい、お茶も黄昏の空とともに

風とともにもう其処にはなかった。

 

    6 壁 

 

彼女は

壁の中に這入ってしまった

それで彼は独り、

部屋で卓子を拭いていた。

 

       (1933・10・10)

 

(「新編中原中也全集」第1巻「詩Ⅰ・解題篇」より。新かなに変えました。編者。)

 

 

夢の中で、彼女の臍(おへそ)は、

  背中にあった。

――という前に彼女は

杉の木に登ったのでした。

 

そして降りて来るのに

難儀したのでした。

 

 

今回はここまで。

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