中原中也・詩の宝島/ランボーを介した交流<はじまり・その26>/恋の別れ
「在りし日の歌」の「永訣の秋」が
別れの章であることは
章題の字義通りのことです。
この章に
「あばずれ女の亭主が歌った」が配置されていることは
「或る男の肖像」が配置されていることとともに
瞠目(どうもく)しないでは済まされないことです。
この詩はさらに
「ゆきてかへらぬ」や
「村の時計」や
「米子」が配置されていることにも
目を奪うことになります。
いずれにも女性が登場し
この女性たちは何のつながりもないように見えますが
長谷川泰子の影を否定することができません。
◇
あばずれ女の亭主が歌った
おまえはおれを愛してる、一度とて
おれを憎んだためしはない。
おれもおまえを愛してる。前世から
さだまっていたことのよう。
そして二人の魂は、不識(しらず)に温和に愛し合う
もう長年の習慣だ。
それなのにまた二人には、
ひどく浮気な心があって、
いちばん自然な愛の気持を、
時にうるさく思うのだ。
佳(よ)い香水のかおりより、
病院の、あわい匂(にお)いに慕いよる。
そこでいちばん親しい二人が、
時にいちばん憎みあう。
そしてあとでは得態(えたい)の知れない
悔(くい)の気持に浸るのだ。
ああ、二人には浮気があって、
それが真実(ほんと)を見えなくしちまう。
佳い香水のかおりより、
病院の、あわい匂いに慕いよる。
(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えました。編者。)
◇
この詩はなかでも
恋愛の爛熟(らんじゅく)を歌っていて
ひときわ元気です。
「或る男の肖像」の彼が
死んでいるのに
この詩では
生の頂点にある男女が主役です。
とはいえ
この詩は
永訣を歌った絶唱詩群の一つです。
◇
今回はここまで。
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