中原中也・詩の宝島/ランボーの足跡(あしあと)/「暗い天候三つ」
「ブリュッセル」の詩行の
発声練習の音節のようなものが
「冬の雨の夜」に現われたのは
死んだ乙女たちの声のイメージが
誘い出されたからでしょう。
土砂降りの雨が
死んだ乙女たちを呼んだのです。
◇
「冬の雨の夜」は
初出の「白痴群」第5号(1930年1月1日発行)では
「暗い天候三つ」というタイトルの
3節構成の第1節でした。
「山羊の歌」に収録されたときに
第1節が独立し
「冬の雨の夜」のタイトルがつけられました。
第2節と第3節は
以後、再公開されることは無かったのですが
ここに死んだ女たちの声につながる
ヒントが見つかるかもしれません。
「新編中原中也全集」には
「生前発表詩篇」の中に
「暗い天候(二・三)」として収録されています。
◇
暗い天候(二・三)
二
こんなにフケが落ちる、
秋の夜に、雨の音は
トタン屋根の上でしている……
お道化(どけ)ているな――
しかしあんまり哀しすぎる。
犬が吠える、虫が鳴く、
畜生(ちくしょう)! おまえ達には社交界も世間も、
ないだろ。着物一枚持たずに、
俺も生きてみたいんだよ。
吠えるなら吠えろ、
鳴くなら鳴け、
目に涙を湛(たた)えて俺は仰臥(ぎょうが)さ。
さて、俺は何時(いつ)死ぬるのか、明日(あした)か明後日(あさって)か……
――やい、豚、寝ろ!
こんなにフケが落ちる、
秋の夜に、雨の音は
トタン屋根の上でしている。
なんだかお道化ているな
しかしあんまり哀しすぎる。
三
この穢(けが)れた涙に汚れて、
今日も一日、過ごしたんだ。
暗い冬の日が梁(はり)や壁を搾(し)めつけるように、
私も搾められているんだ。
赤ン坊の泣声や、おひきずりの靴の音や、
昆布や烏賊(するめ)や洟紙(はながみ)や首巻や、
みんなみんな、街道沿(かいどうぞ)いの電線の方へ
荷馬車の音も耳に入らずに、舞い颺(あが)り舞い颺り
吁(ああ)! はたして昨日が晴日(おてんき)であったかどうかも、
私は思い出せないのであった。
(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えました。編者。)
◇
「二」は、秋の夜を、
「三」は、暗い冬の夜を歌っています。
「三」では、雨は降っていません。
これに「冬の雨の夜」となる前の「一」が加わり
一体の詩でした。
「一」は土砂降りの雨の夜です。
◇
季節が変わるほどに長い時間が
元の詩「暗い天候三つ」には流れていました。
詩全体は
「三」の終行、
吁(ああ)! はたして昨日が晴日(おてんき)であったかどうかも、
私は思い出せないのであった。
――という混乱、茫然自失の流れに向っています。
この流れに詩人を追いやったものは
何だったのでしょうか。
◇
途中ですが
今回はここまで。
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