中原中也・詩の宝島/ランボーの足跡(あしあと)/「ブリュッセル」
ランボーの「ブリュッセル」Bruxellesは
どんな詩でしょうか。
これも目を通しておきましょう。
◇
ブリュッセル
快きジュピター殿につゞける
葉鶏頭(はげいとう)の花畑。
――これは常春藤(きづた)の中でその青さをサハラに配る
君だと私は知つてゐる。
して薔薇と太陽の棺と葛のやうに
茲(ここ)に囲はれし眼を持つ、
小さな寡婦(かふ)の檻! ……
なんて
鳥の群だ、オ イア イオ、イア、イア イオ!……
穏かな家、古代の情熱!
ざれごとの四阿屋(あずまや)。
薔薇の木の叢(むら)尽きる所、蔭多きバルコン、
ジュリエットよりははるか下に。
ジュリエットは、アンリエットを呼びかへす、
千の青い悪魔が踊つてゐるかの
果樹園の中でのやうに、山の心に、
忘れられない鉄路の駅に。
ギタアの上に、驟雨(しゅうう)の楽園に
唱ふ緑のベンチ、愛蘭土(アイルランド)の白よ。
それから粗末な食事場や、
子供と牢屋のおしやべりだ。
私が思ふに官邸馬車の窓は
蝸牛(かたつむり)の毒をつくるやうだ、また
太陽にかまはず眠るこの黄楊(つげ)を。
とにまれ
これは大変美しい! 大変! われらとやかくいふべきでない。
※
――この広場、どよもしなし売買ひなし、
それこそ黙つた芝居だ喜劇だ、
無限の舞台の連り、
私はおまへを解る、私はおまへを無言で讃へる。
(「新編中原中也全集」第3巻・翻訳より。)
◇
ブリュッセルは
ベルギー国の首都であり
ランボーの生地、シャルルビルに近い都会であり
ランボーがヴェルレーヌと放浪した地であり
ヴェルレーヌがランボーに発砲した事件を起こした街でもあります。
これらの何かが
「ブリュッセル」に映っているのかわかりません。
ブリュッセルという土地への讃歌なのでしょうか
その逆なのでしょうか
ランボー一流のアレゴリカル(風刺的)な語彙の使用が読み取れますが
ここでは中也が
鳥の群だ、オ イア イオ、イア、イア イオ!……
――の1行を取り出したことを知るだけで十分です。
この1行が
死んだ乙女たちの声になるのです、
中也の「冬の雨の夜」では。
◇
中也が原典とした第2次ベリション版は
「ブリュッセル」という題名が通用していましたが
後の研究では
ブリュッセルはタイトルではなく
詞書のようなものであることがわかり
無題の作品として現在では扱われているそうです。
◇
まだ措辞が整っていないのは
この訳が制作途中だからなのでしょう。
初めて訳したときの
逐語訳に近い草稿を
いつかまた完成稿に仕上げるために
記録しておいたほどのものだったのでしょう。
何が書かれているのか
全体をつかむために
こうして逐語訳を取っておくことは
よく行われる方法です。
◇
今回はここまで。
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