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2018年5月26日 (土)

中原中也・詩の宝島/ランボーの足跡(あしあと)/大木篤夫の「わが放浪」

 

 

「わが放浪」Ma Bohèmeの同時代翻訳として

「新編中原中也全集」が案内するもう一つの詩は

大木篤夫(後の大木惇夫)の制作です。

 

同全集にこちらは

掲出されていませんが

参考のために読んでおきましょう。

 

 

わが放浪

 

俺は行く、裂けた衣嚢(かくし)に 両の拳(こぶし)を突ッ込んで。

今では俺の外套も 理想ばかりになつてしまつた。

俺は行く、大空の下を、ミューズよ、私はあなたの賛美者です。

――まあ、まあ、何と、すばらしい愛を夢見るものだ!

 

この一張羅の半ズボンには 大きな孔が一つ、それでも、

夢想家プチイ・プセエのこの俺は、行く道すがら韻を踏む。

俺の宿は大熊星座のなかにある、

俺の星々は高い空から珊々(さんさん)と鳴る、

 

俺は恍(うつと)りそれに聴き入る、路ばたに腰を下ろして、

かうした九月の美しい晩、額にかゝる露のしづくを

俺は感じる、芳しい葡萄酒のやうに。

 

かうした夜(よる)は、幻めいた影のさなかで、詩の韻を合はすのだ。

片足を胸の上まで持ちあげて、七絃琴でも奏(ひ)くやうに

ピイーン・ピイーンと弾(はじ)くのだ、破れた靴のゴム絲を!

 

(ARS「近代佛蘭西詩集」1928年初版より。)

 

 

中原中也の日記や書簡などに

この詩を読んだ形跡を見ることはできませんが

読まなかったという確実な証拠が存在するものではありませんし

たとえば古本店でふとした折に立ち読みしたとか

知人が所有しているのを読ませてもらったとか

そういうことがあった可能性を否定できるものでもありません。

 

ランボー翻訳の同時代の状況や空気などを

知っておいて無駄なことではないでしょう。

 

 

今回はここまで。

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