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2018年5月27日 (日)

中原中也・詩の宝島/ランボーの足跡(あしあと)/「冬の雨の夜」

 

 

「山羊の歌」の「初期詩篇」で

ランボーが現われるもう一つの詩が

「冬の雨の夜」です。

 

 

冬の雨の夜

 

 冬の黒い夜をこめて

どしゃぶりの雨が降っていた。

――夕明下(ゆうあかりか)に投げいだされた、萎(しお)れ大根(だいこ)の陰惨さ、

あれはまだしも結構だった――

今や黒い冬の夜をこめ

どしゃぶりの雨が降っている。

亡き乙女達(おとめたち)の声さえがして

aé ao, aé ao, éo, aéo éo!

 その雨の中を漂いながら

いつだか消えてなくなった、あの乳白の脬囊(ひょうのう)たち……

今や黒い冬の夜をこめ

どしゃぶりの雨が降っていて、

わが母上の帯締(おびじ)めも

雨水(うすい)に流れ、潰(つぶ)れてしまい、

人の情けのかずかずも

竟(つい)に密柑(みかん)の色のみだった?……

 

(「新編中原中也全集」第1巻「詩Ⅰ」より。新かなに変えました。編者。)

 

 

この詩を

1字下げではじまる前節と後節に分けたとして

前節の終行にあたる部分、

 

亡き乙女達(おとめたち)の声さえがして

aé ao, aé ao, éo, aéo éo!

 

――のこの声は

ランボーの「ブリュッセル」から

直接に取ったものと推測されています。

 

中原中也が

ランボーの「ブリュッセル」を翻訳したのは

昭和4年から8年の間と推定されていますが

この詩の第10行に、

 

鳥の群れだ、オ イア イオ、イア イオ!……

 

――とあるイメージを

幼少時の原風景の描写に取り込んだもののようです。

 

 

父の経営する病院と

中也少年の暮らしは地続きでしたから

萎(しお)れ大根(だいこ)や

乳白の脬囊(ひょうのう)たちや

母上の帯締(おびじ)め……など

普段よく目にするものだったのでしょう。

 

あの頃からどれほどの時が経過したでしょうか

今、目の前にある

冬の雨の夜の風景が

幼少期に馴染んだ陰惨な思い出を呼び覚まします。

 

土砂降りの雨の

漆黒の中からは

死んだ乙女たちの声さえ聞こえてきそうです。

 

実際にそれが聞こえたと

詩は歌っているものではないのに

その声が聞こえているのは

この

aé ao, aé ao, éo, aéo éo!

――のせいなのでしょう。

 

 

「ブリュッセル」から

死んだ乙女たちの声が

引き出されました。

 

 

今回はここまで。

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