中原中也・詩の宝島/ランボーの足跡(あしあと)/「冬の雨の夜」
「山羊の歌」の「初期詩篇」で
ランボーが現われるもう一つの詩が
「冬の雨の夜」です。
◇
冬の雨の夜
冬の黒い夜をこめて
どしゃぶりの雨が降っていた。
――夕明下(ゆうあかりか)に投げいだされた、萎(しお)れ大根(だいこ)の陰惨さ、
あれはまだしも結構だった――
今や黒い冬の夜をこめ
どしゃぶりの雨が降っている。
亡き乙女達(おとめたち)の声さえがして
aé ao, aé ao, éo, aéo éo!
その雨の中を漂いながら
いつだか消えてなくなった、あの乳白の脬囊(ひょうのう)たち……
今や黒い冬の夜をこめ
どしゃぶりの雨が降っていて、
わが母上の帯締(おびじ)めも
雨水(うすい)に流れ、潰(つぶ)れてしまい、
人の情けのかずかずも
竟(つい)に密柑(みかん)の色のみだった?……
(「新編中原中也全集」第1巻「詩Ⅰ」より。新かなに変えました。編者。)
◇
この詩を
1字下げではじまる前節と後節に分けたとして
前節の終行にあたる部分、
亡き乙女達(おとめたち)の声さえがして
aé ao, aé ao, éo, aéo éo!
――のこの声は
ランボーの「ブリュッセル」から
直接に取ったものと推測されています。
中原中也が
ランボーの「ブリュッセル」を翻訳したのは
昭和4年から8年の間と推定されていますが
この詩の第10行に、
鳥の群れだ、オ イア イオ、イア イオ!……
――とあるイメージを
幼少時の原風景の描写に取り込んだもののようです。
◇
父の経営する病院と
中也少年の暮らしは地続きでしたから
萎(しお)れ大根(だいこ)や
乳白の脬囊(ひょうのう)たちや
母上の帯締(おびじ)め……など
普段よく目にするものだったのでしょう。
あの頃からどれほどの時が経過したでしょうか
今、目の前にある
冬の雨の夜の風景が
幼少期に馴染んだ陰惨な思い出を呼び覚まします。
土砂降りの雨の
漆黒の中からは
死んだ乙女たちの声さえ聞こえてきそうです。
実際にそれが聞こえたと
詩は歌っているものではないのに
その声が聞こえているのは
この
aé ao, aé ao, éo, aéo éo!
――のせいなのでしょう。
◇
「ブリュッセル」から
死んだ乙女たちの声が
引き出されました。
◇
今回はここまで。
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