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2018年6月22日 (金)

中原中也・詩の宝島/ランボーの足跡(あしあと)/「少年時」後半部の時(とき)

 

 

 

 

木蔭

 

神社の鳥居が光をうけて

楡(にれ)の葉が小さく揺すれる

夏の昼の青々した木蔭(こかげ)は

私の後悔を宥(なだ)めてくれる

 

暗い後悔 いつでも附纏(つきまと)う後悔

馬鹿々々しい破笑(はしょう)にみちた私の過去は

やがて涙っぽい晦暝(かいめい)となり

やがて根強い疲労となった

 

かくて今では朝から夜まで

忍従(にんじゅう)することのほかに生活を持たない

怨みもなく喪心(そうしん)したように

空を見上げる私の眼(まなこ)――

 

神社の鳥居が光をうけて

楡の葉が小さく揺すれる

夏の昼の青々した木蔭は

私の後悔を宥めてくれる

 

 

失せし希望

 

  暗き空へと消え行きぬ

  わが若き日を燃えし希望は。

 

夏の夜の星の如(ごと)くは今もなお

  遐(とお)きみ空に見え隠る、今もなお。

 

暗き空へと消えゆきぬ

  わが若き日の夢は希望は。

 

今はた此処(ここ)に打伏(うちふ)して

  獣(けもの)の如くは、暗き思いす。

 

そが暗き思いいつの日

  晴れんとの知るよしなくて、

 

溺れたる夜の海より

  空の月、望むが如し。

 

その浪(なみ)はあまりに深く

  その月はあまりに清く、

 

あわれわが若き日を燃えし希望の

  今ははや暗き空へと消え行きぬ。

 

 

 

血を吐くような 倦(もの)うさ、たゆけさ

今日の日も畑に陽は照り、麦に陽は照り

睡(ねむ)るがような悲しさに、み空をとおく

血を吐くような倦うさ、たゆけさ

 

空は燃え、畑はつづき

雲浮び、眩(まぶ)しく光り

今日の日も陽は炎(も)ゆる、地は睡る

血を吐くようなせつなさに。

 

嵐のような心の歴史は

終焉(おわ)ってしまったもののように

そこから繰(たぐ)れる一つの緒(いとぐち)もないもののように

燃ゆる日の彼方(かなた)に睡る。

 

私は残る、亡骸(なきがら)として――

血を吐くようなせつなさかなしさ。

 

 

心象   Ⅰ

 

松の木に風が吹き、

踏む砂利(じゃり)の音は寂しかった。

暖い風が私の額を洗い

思いははるかに、なつかしかった。

 

腰をおろすと、

浪(なみ)の音がひときわ聞えた。

星はなく

空は暗い綿(わた)だった。

 

とおりかかった小舟の中で

船頭(せんどう)がその女房に向って何かを云(い)った。

――その言葉は、聞きとれなかった。

 

浪の音がひときわきこえた。

 

   Ⅱ

 

亡(ほろ)びたる過去のすべてに

涙湧(わ)く。

城の塀乾きたり

風の吹く

 

草靡く

丘を越え、野を渉(わた)り

憩(いこ)いなき

白き天使のみえ来ずや

 

 

あわれわれ死なんと欲(ほっ)す、

あわれわれ生きんと欲す

あわれわれ、亡びたる過去のすべてに

 

涙湧く。

み空の方より、

風の吹く

 

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えました。編者。)

 

 

以上が

「少年時」の章の9作品のうち

後半部の4作品です。

 

少年時

盲目の秋

我が喫煙

妹よ

寒い夜の自我像

――というラインアップに

この4作が続いて配置されています。

 

タイトルだけではわかりませんが

前半部と後半部の詩は

くっきりとした違いがあります。

 

 

「木蔭」の第2連、

 

暗い後悔 いつでも附纏(つきまと)う後悔

馬鹿々々しい破笑(はしょう)にみちた私の過去は

やがて涙っぽい晦暝(かいめい)となり

やがて根強い疲労となった

 

「失せし希望」の第1連および最終連、

 

暗き空へと消え行きぬ

わが若き日を燃えし希望は。

 

「夏」の第3連、

 

嵐のような心の歴史は

終焉(おわ)ってしまったもののように

そこから繰(たぐ)れる一つの緒(いとぐち)もないもののように

燃ゆる日の彼方(かなた)に睡る。

 

「心象」の「Ⅱ」の第1連、

 

亡(ほろ)びたる過去のすべてに

涙湧(わ)く。

 

――などに明示されるのは

帰らざる時間(とき)、遠い過去ばかりです。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

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