中原中也・詩の宝島/ランボーの足跡(あしあと)/「少年時」後半部の時(とき)
◇
木蔭
神社の鳥居が光をうけて
楡(にれ)の葉が小さく揺すれる
夏の昼の青々した木蔭(こかげ)は
私の後悔を宥(なだ)めてくれる
暗い後悔 いつでも附纏(つきまと)う後悔
馬鹿々々しい破笑(はしょう)にみちた私の過去は
やがて涙っぽい晦暝(かいめい)となり
やがて根強い疲労となった
かくて今では朝から夜まで
忍従(にんじゅう)することのほかに生活を持たない
怨みもなく喪心(そうしん)したように
空を見上げる私の眼(まなこ)――
神社の鳥居が光をうけて
楡の葉が小さく揺すれる
夏の昼の青々した木蔭は
私の後悔を宥めてくれる
◇
失せし希望
暗き空へと消え行きぬ
わが若き日を燃えし希望は。
夏の夜の星の如(ごと)くは今もなお
遐(とお)きみ空に見え隠る、今もなお。
暗き空へと消えゆきぬ
わが若き日の夢は希望は。
今はた此処(ここ)に打伏(うちふ)して
獣(けもの)の如くは、暗き思いす。
そが暗き思いいつの日
晴れんとの知るよしなくて、
溺れたる夜の海より
空の月、望むが如し。
その浪(なみ)はあまりに深く
その月はあまりに清く、
あわれわが若き日を燃えし希望の
今ははや暗き空へと消え行きぬ。
◇
夏
血を吐くような 倦(もの)うさ、たゆけさ
今日の日も畑に陽は照り、麦に陽は照り
睡(ねむ)るがような悲しさに、み空をとおく
血を吐くような倦うさ、たゆけさ
空は燃え、畑はつづき
雲浮び、眩(まぶ)しく光り
今日の日も陽は炎(も)ゆる、地は睡る
血を吐くようなせつなさに。
嵐のような心の歴史は
終焉(おわ)ってしまったもののように
そこから繰(たぐ)れる一つの緒(いとぐち)もないもののように
燃ゆる日の彼方(かなた)に睡る。
私は残る、亡骸(なきがら)として――
血を吐くようなせつなさかなしさ。
◇
心象 Ⅰ
松の木に風が吹き、
踏む砂利(じゃり)の音は寂しかった。
暖い風が私の額を洗い
思いははるかに、なつかしかった。
腰をおろすと、
浪(なみ)の音がひときわ聞えた。
星はなく
空は暗い綿(わた)だった。
とおりかかった小舟の中で
船頭(せんどう)がその女房に向って何かを云(い)った。
――その言葉は、聞きとれなかった。
浪の音がひときわきこえた。
Ⅱ
亡(ほろ)びたる過去のすべてに
涙湧(わ)く。
城の塀乾きたり
風の吹く
草靡く
丘を越え、野を渉(わた)り
憩(いこ)いなき
白き天使のみえ来ずや
あわれわれ死なんと欲(ほっ)す、
あわれわれ生きんと欲す
あわれわれ、亡びたる過去のすべてに
涙湧く。
み空の方より、
風の吹く
(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えました。編者。)
◇
以上が
「少年時」の章の9作品のうち
後半部の4作品です。
少年時
盲目の秋
我が喫煙
妹よ
寒い夜の自我像
――というラインアップに
この4作が続いて配置されています。
タイトルだけではわかりませんが
前半部と後半部の詩は
くっきりとした違いがあります。
◇
「木蔭」の第2連、
暗い後悔 いつでも附纏(つきまと)う後悔
馬鹿々々しい破笑(はしょう)にみちた私の過去は
やがて涙っぽい晦暝(かいめい)となり
やがて根強い疲労となった
「失せし希望」の第1連および最終連、
暗き空へと消え行きぬ
わが若き日を燃えし希望は。
「夏」の第3連、
嵐のような心の歴史は
終焉(おわ)ってしまったもののように
そこから繰(たぐ)れる一つの緒(いとぐち)もないもののように
燃ゆる日の彼方(かなた)に睡る。
「心象」の「Ⅱ」の第1連、
亡(ほろ)びたる過去のすべてに
涙湧(わ)く。
――などに明示されるのは
帰らざる時間(とき)、遠い過去ばかりです。
◇
途中ですが
今回はここまで。
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