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2018年6月 5日 (火)

中原中也・詩の宝島/ランボーの足跡(あしあと)/もう一つの「少年時」

 

 

地平の果(はて)に蒸気が立って、

世の亡ぶ、兆(きざし)のようだった。

 

 

「山羊の歌」に配置された「少年時」は

ランボーの「少年時」とクロスオーバーして

なお中也少年の幼時体験が

湧きあがるかのように迸(ほとばし)るのですが

少年がその中にある風景には

ドメスティックな匂いが

極力削ぎ落とされて

日本の田舎のたたずまいというものを

ほとんど感じさせません。

 

第5連の、

誰彼(だれかれ)の午睡(ひるね)するとき、

――という詩行に

わずかに少年の生地の面影がただようだけで

ほかはさながらランボーの詩の自然です。

 

 

ところが

中也はこの「少年時」を作る前に

もう一つの「少年時」を書いています。

 

 

少年時

 

母は父を送り出すと、部屋に帰って来て溜息(ためいき)をした。

彼の女の溜息にはピンクの竹紙。

それが少し藤色がかって匂(にお)うので、

私は母から顔を反向(そむ)ける。

 

母は独りで、案じ込んでる。

私は気の毒だが、滑稽(こっけい)でもある。

  母の愁(うれ)いは美しい、

  母の愁いは愚かしい。

 

父は今頃もう行き先で、

にこにこ笑って話してるだろう。

  父の怒りに罪はない、

  父の怒りは障碍(しょうがい)だ。

 

私は間で悩ましい、

私は間で悩ましい、僕はただもういらいらとする。

私はむやみにいらいらしだす。

何方(どちら)も罪がないので、云(い)ってやる言葉もない。

 

(では、ああ、僕は、僕を磨こう。

ですから僕に、何にも言うな!)

と、結局何時(いつ)も、僕はそう思った。

由来僕は、孤独なんだ……

 

(「新編中原中也全集」第2巻「詩Ⅱ」より。新かなに変えました。編者。)

 

 

こちらの「少年時」は

昭和2年(1927年)1月に制作されたことが

全集編集委員会による綿密な考証の末に推定されている

未発表詩篇ですから

「少年時(母は父を送り出すと、部屋に帰って来て溜息をした)」と表記して

二つの詩を区別することになっています。

 

この「少年時(母は父を送り出すと、部屋に帰って来て溜息をした)」を制作して後に

「山羊の歌」の「少年時」は作られました。

 

 

なんという違いだろうと驚くのは

無理もありませんが

よく読むと二つの詩は

幼時原風景を扱っているというところでは

同じ流れの詩です。

 

トーンとか文体とか伝え方とか口ぶりとかの

表現方法がは異っているけれど

どちらの詩も少年時へのオード(熱唱)に他なりません。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

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