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2018年6月11日 (月)

中原中也・詩の宝島/ランボーの足跡(あしあと)/未発表詩篇「夜寒の都会」

 

 

「盲目の秋」の結末では

私(作者である詩人)は

冥土(よみじ)の道をたどります。

 

詩の作者が死んでしまう詩は

「秋」とか

「骨」とか

「わが半生」とか

「或る男の肖像」とか

 

――発表詩篇だけでも

幾つかがすぐさま思い出され

そちらのほうに興味が誘い出されそうになりますが

それは別の機会に散策することにしましょう。

 

今は

「少年時」を散策しているのですから。

 

 

そうはいっても

「山羊の歌」の第2章「少年時」に

ランボーの足跡をたどるのはもう無理です。

 

無理を強行すれば

それこそ空想、いや妄想のレベルになります。

 

痕跡(こんせき)とか匂いとかを嗅ぎ取るような

マニアックな領域のことにもなりますので

これ以上の深追いは止めることにして

少し時間を戻してみましょう。

 

戻るのは

未発表詩篇「少年時(母は父を送り出すと、部屋に帰って来て溜息をした)」あたりの時間です。

 

そこでめぐり合うのが

またなんとも謎めいた世界です。

 

 

夜寒の都会

 

外燈に誘出(さそいだ)された長い板塀(いたべい)、

人々は影を連れて歩く。

 

星の子供は声をかぎりに、

ただよう靄(もや)をコロイドとする。

 

亡国に来て元気になった、

この洟色(はないろ)の目の婦(おんな)、

今夜こそ心もない、魂もない。

 

舗道の上には勇ましく、

黄銅の胸像が歩いて行った。

 

私は沈黙から紫がかった、

数箇の苺(いちご)を受けとった。

 

ガリラヤの湖にしたりながら、

天子は自分の胯(また)を裂いて、

ずたずたに甘えてすべてを呪った。

 

(「新編中原中也全集」第2巻・詩Ⅱより。新かなに変えました。編者。)

 

 

この詩は

「少年時(母は父を送り出すと、部屋に帰って来て溜息をした)」と

同じ原稿用紙に

同じ筆記具、同じインクで書かれたことがわかっていて

昭和2年(1927年)1月の制作と推定されています。

 

同じ時期の制作でも

これほど異なる風貌(外見)を見せることに

あらためて感心しますよね。

 

 

それにしても

不可思議な、というか

比喩のカオス(混沌)のような

色彩にあふれた詩世界の

どこに糸口を見つけたらよいのでしょう。

 

はじめは戸惑うものですが

何度も読んでいるうちに

けっこう分かりやすい詩であることに気づきます。

 

比喩といっても

直喩がほとんどで

一つ解(ほど)けると

詩のほとんどが溶解していくような

スリルさえ味わえるかもしれません。

 

 

寒い夜の都会。

 

ゾロゾロと人々は

長い影を引いて歩いている。

 

星の子供は

ネオンサインのことらしい、

靄のように犇(ひし)めいている。

 

洟色(はないろ)の目の婦(おんな)は

泰子でしょう。

 

黄銅の胸像は兵隊のことで

舗道を闊歩して行きます。

 

 

ここで私(詩人)が登場――。

 

沈黙から紫がかった、

数箇の苺(いちご)を受けとった、のです。

 

ここ以後が暗喩です。

 

この暗喩が

この詩の臍(へそ)です。

 

この臍を捉えないと

詩をつかむことができません。

 

 

そして

ここにランボーが現れます。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

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