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2018年6月24日 (日)

中原中也・詩の宝島/ランボーの足跡(あしあと)/「失せし希望」の空

 

 

 

失せし希望

 

  暗き空へと消え行きぬ

  わが若き日を燃えし希望は。

 

夏の夜の星の如(ごと)くは今もなお

  遐(とお)きみ空に見え隠る、今もなお。

 

暗き空へと消えゆきぬ

  わが若き日の夢は希望は。

 

今はた此処(ここ)に打伏(うちふ)して

  獣(けもの)の如くは、暗き思いす。

 

そが暗き思いいつの日

  晴れんとの知るよしなくて、

 

溺れたる夜の海より

  空の月、望むが如し。

 

その浪(なみ)はあまりに深く

  その月はあまりに清く、

 

あわれわが若き日を燃えし希望の

  今ははや暗き空へと消え行きぬ。

 

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えました。編者。)

 

 

「木蔭」で歌われた空は

「失せし希望」では

明確に暗い空となります。

 

かくて今では朝から夜まで

忍従(にんじゅう)することのほかに生活を持たない

怨みもなく喪心(そうしん)したように

空を見上げる私の眼(まなこ)――

 

「木蔭」から

「失せし希望」への推移。

 

あわれわが若き日を燃えし希望の

  今ははや暗き空へと消え行きぬ。

 

 

この暗い空は

希望が消えて行った空です。

 

ではその空を

恨めし気に見ているのでしょうか?

 

今はた此処(ここ)に打伏(うちふ)して

  獣(けもの)の如くは、暗き思いす。

――とあり、

 

溺れたる夜の海より

  空の月、望むが如し。

――とあるのですから、

暗然は確かでしょうね。

 

 

しかし第2連に、

 

夏の夜の星の如(ごと)くは今もなお

  遐(とお)きみ空に見え隠る、今もなお。

――とあるのも見過ごせません。

 

希望は

夏の夜の星のように

いまもなお見え隠れしています。

 

 

にもかかわらず

やはりこの詩が歌う重心は

消えてなくなった希望です。

 

消えてなくなったという事実であり

希望の中身ではありません。

 

 

かつて存在しましたが

いまは無い――。

 

時の経過を

ここで刻んでおかなければなりませんでした。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

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