中原中也・詩の宝島/ランボーの足跡(あしあと)/「盲目の秋」
「少年時」の次に配置されているのは
中也、恋愛詩の絶唱です。
わざわざ恋愛詩と呼ぶのは
空しい限りですが
私の聖母(サンタ・マリヤ)!(第3節)
――に出くわしては
とやかく言う気持ちも萎(な)えます。
大岡昇平のように
この第1節はシェストフのチェホフ論の借用である、といっても
この詩を読んだことになりませんし。
◇
盲目の秋
Ⅰ
風が立ち、浪(なみ)が騒ぎ、
無限の前に腕を振る。
その間(かん)、小さな紅(くれない)の花が見えはするが、
それもやがては潰(つぶ)れてしまう。
風が立ち、浪が騒ぎ、
無限のまえに腕を振る。
もう永遠に帰らないことを思って
酷薄(こくはく)な嘆息(たんそく)するのも幾(いく)たびであろう……
私の青春はもはや堅い血管となり、
その中を曼珠沙華(ひがんばな)と夕陽とがゆきすぎる。
それはしずかで、きらびやかで、なみなみと湛(たた)え、
去りゆく女が最後にくれる笑(えま)いのように、
厳(おごそ)かで、ゆたかで、それでいて佗(わび)しく
異様で、温かで、きらめいて胸に残る……
ああ、胸に残る……
風が立ち、浪が騒ぎ、
無限のまえに腕を振る。
Ⅱ
これがどうなろうと、あれがどうなろうと、
そんなことはどうでもいいのだ。
これがどういうことであろうと、それがどういうことであろうと、
そんなことはなおさらどうだっていいのだ。
人には自恃(じじ)があればよい!
その余(あまり)はすべてなるままだ……
自恃だ、自恃だ、自恃だ、自恃だ、
ただそれだけが人の行(おこな)いを罪としない。
平気で、陽気で、藁束(わらたば)のようにしんみりと、
朝霧を煮釜に塡(つ)めて、跳起(とびお)きられればよい!
Ⅲ
私の聖母(サンタ・マリヤ)!
とにかく私は血を吐いた! ……
おまえが情けをうけてくれないので、
とにかく私はまいってしまった……
それというのも私が素直(すなお)でなかったからでもあるが、
それというのも私に意気地(いくじ)がなかったからでもあるが、
私がおまえを愛することがごく自然だったので、
おまえもわたしを愛していたのだが……
おお! 私の聖母(サンタ・マリヤ)!
いまさらどうしようもないことではあるが、
せめてこれだけ知るがいい――
ごく自然に、だが自然に愛せるということは、
そんなにたびたびあることでなく、
そしてこのことを知ることが、そう誰にでも許されてはいないのだ。
Ⅳ
せめて死の時には、
あの女が私の上に胸を披(ひら)いてくれるでしょうか。
その時は白粧(おしろい)をつけていてはいや、
その時は白粧をつけていてはいや。
ただ静かにその胸を披いて、
私の眼に副射(ふくしゃ)していて下さい。
何にも考えてくれてはいや、
たとえ私のために考えてくれるのでもいや。
ただはららかにはららかに涙を含み、
あたたかく息づいていて下さい。
――もしも涙がながれてきたら、
いきなり私の上にうつ俯(ぶ)して、
それで私を殺してしまってもいい。
すれば私は心地よく、うねうねの暝土(よみじ)の径(みち)を昇りゆく。
(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えました。編者。)
◇
まずはこの詩が
「少年時」という章の
「少年時」という詩の次に配置されてあることが
どのような意図なのかを考えるところから
アクセスするのが自然な流れです。
そうであるならば
そのようにしたいのですが
そのようにならないのは
第2節(Ⅱ)で起こる突然の変調のせいでしょう。
トーンの変化ばかりでなく
内容も文体も変わり
第2節(Ⅱ)は
自分への励ましにはじまり
第3節(Ⅲ)は
聖母である泰子への呼びかけ
第4節(Ⅳ)は
詩の作者(=私)が死ぬ場面へと転じ
ついには黄泉(よみじ)をたどるところを歌います。
この劇的な変化に圧倒され
茫然としたまま
一気に結末まで運ばれて
「Ⅰ」と「Ⅱ」との間にある断絶は
断絶ではなくなってしまうところに
この詩の技法があります。
どこかで見覚えがあるこの技法は
どこからやってきたものでしょうか。
◇
それこそ
ランボーにほかなりません。
ランボーの詩の
飛躍とか省略とか
夢想とか幻想とか。
シュールリアリスティックな文体
――とひとことで言ってしまうと乱暴ですが
中原中也が早くも
この詩を作った時点で
ランボーから摂取した
宝物のような技術です、
それは。
ボードレールでもなく
ベルレーヌでもありません。
◇
途中ですが
今回はここまで。
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