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2018年6月18日 (月)

中原中也・詩の宝島/ランボーの足跡(あしあと)/「わが喫煙」の歴史的現在

 

 

中原中也を読みはじめて

ざっと10年の歳月が流れました。

 

長い間、「わが喫煙」が

なぜ「山羊の歌」の「少年時」に配置されているのかを

疑問に思っていましたが

この最大の難問が今になって

溶解していくようで感慨一入(ひとしお)です。

 

そのうえ、ランボーの足跡をたどるうちに

その疑問が解けていくのを

発見するのは心地よいことでした。

 

 

わが喫煙

 

おまえのその、白い二本の脛(すね)が、

  夕暮(ゆうぐれ)、港の町の寒い夕暮、

にょきにょきと、ペエヴの上を歩むのだ。

  店々に灯(ひ)がついて、灯がついて、

私がそれをみながら歩いていると、

  おまえが声をかけるのだ、

どっかにはいって憩(やす)みましょうよと。

 

そこで私は、橋や荷足を見残しながら、

  レストオランに這入(はい)るのだ――

わんわんいう喧騒(どよもし)、むっとするスチーム、

  さても此処(ここ)は別世界。

そこで私は、時宜(じぎ)にも合わないおまえの陽気な顔を眺め、

  かなしく煙草(たばこ)を吹かすのだ、

一服(いっぷく)、一服、吹かすのだ……

 

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えました。編者。)

 

 

この詩に

ランボーの足跡はありません。

 

今、詩人の目の前にあるのは

にょきにょきと素足を曝して

舗道(ペーブ)を歩む女性の姿です。

 

私(詩人)は

おまえ(泰子)が疲れた様子も見せずに

どこかのお店に入りましょうよと

いつものような気軽さで言うのが不満で

かなしく煙草を吹かしています。

 

気分がズレてしまっているこういう状態は

倦怠(アンニュイ)というより

もう少し根の深いところに起因しているのですが

詩はそのことをたどろうとはしません。

 

 

「わが喫煙」は

現在形で歌われているところに

隠された意図があります。

 

この現在形は

歴史的現在と呼んでもよい現在で

現在形でありながら

過去を歌っているものです。

 

ここにこそ「わが喫煙」が

「少年時」の章へ配置された意図があります。

 

 

にょきにょきとペエヴの上を歩むのだ

――という断定の現在形に出くわす時

詩人の目の前にある泰子の2本の足は

読む人の目の前にもあります。

 

こうして

2人の間にある

恋人同士だけに特有な

あの濃密な時間の中に

いきなり引きずりこまれます。

 

恋人同士であっても

気持ちがちぐはぐになることもあるものなどと感じながら

私(詩人)がかなしく吹かす煙草の苦味(にがみ)を

さほどのこととも思い致さないで

詩を読み終えます。

 

そうして

刻印されるのは

多少はほころびはじめた恋人同士の時間です。

 

ほころびがあっても

恋人同士の時間です。

 

 

ところがこの詩を

詩人がここ「少年時」の章を置いたのは

この章に

遠いのも近いのも含めて

戻ることのできない過去の時(とき)を集めようとしたからでした。

 

遠い時(とき)であった幼少時代も

近い過去(とき)であったランデブーも

どちらも2度と帰ってこない過ぎ去った時間でした。

 

非可逆的な時間(とき)でした。

 

 

「わが喫煙」の

次に置かれた「妹よ」も

帰って来ない過去の時間を歌った詩です。

 

「少年時」の章の後半部にある

「木蔭」も

「失せし希望」も

「夏」も

「心象」も同じです。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

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