カテゴリー

2026年9月
日 月 火 水 木 金 土
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      
無料ブログはココログ

« 中原中也・詩の宝島/ランボーの足跡(あしあと)/「少年時」から「夏」へ | トップページ | 中原中也・詩の宝島/ランボーの足跡(あしあと)/ベルレーヌの影 »

2018年6月28日 (木)

中原中也・詩の宝島/ランボーの足跡(あしあと)/「心象」の空

 

 

どこそこと言うと

嘘っぽくなりますから

言わないことにしますが

「夏」に

ランボーの足跡(あしあと)は再び現われました。

 

「少年時」の夏の少年は

「夏」の少年の現在へと

詩集の中で

断絶し連続します。

 

「夏」の少年の現在もまた

歴史的現在ですが

「少年時」という過去を歌っています。

 

◇

 

このようにして

「少年時」の章は

最終詩「心象」へたどり着きます。

 

◇

 

心象   Ⅰ

 

松の木に風が吹き、

踏む砂利(じゃり)の音は寂しかった。

暖い風が私の額を洗い

思いははるかに、なつかしかった。

 

腰をおろすと、

浪(なみ)の音がひときわ聞えた。

星はなく

空は暗い綿(わた)だった。

 

とおりかかった小舟の中で

船頭(せんどう)がその女房に向って何かを云(い)った。

――その言葉は、聞きとれなかった。

 

浪の音がひときわきこえた。

 

   Ⅱ

 

亡(ほろ)びたる過去のすべてに

涙湧(わ)く。

城の塀乾きたり

風の吹く

 

草靡く

丘を越え、野を渉(わた)り

憩(いこ)いなき

白き天使のみえ来ずや

 

 

あわれわれ死なんと欲(ほっ)す、

あわれわれ生きんと欲す

あわれわれ、亡びたる過去のすべてに

 

涙湧く。

み空の方より、

風の吹く

 

(「新編中原中也全集」第1巻・詩Ⅰより。新かなに変えました。編者。)

 

◇

 

一読して

人気(じんき)が帯びる

この詩の唐突な感じは

第1節に現われる小舟と

中からする船頭とその女房の声によります。

 

会話の内容が聞こえないのは

浪の音が騒がしいからではなく

詩(人)が聞いた

幻想の風景だったからでしょう。

 

ドラマが起こるわけでもなく

しかしここに小舟と漁師の夫婦が登場するのには

詩(人)の意志が働いています。

 

詩を作る方法の

なんともいえない自由が

ここに躍動しています。

 

この方法が

ランボーに起因しないという理由は

見当たりません。

 

◇

 

第2節に入って

少年詩人は

前作「夏」では嵐のような心の歴史と歌ったのと同じ

亡びたる過去に真っ正面で対峙します。

 

草茫々

夢遥か

 

丘を越え

野を渡り

 

白き天使は

やってこないか

 

来るわけないな。

 

天使というこのボキャブラリーに

かすかにランボーが匂います。

 

◇

 

あわれわれ死なんと欲す

あわれわれ生きむと欲す

――というここは

パラフレーズするところではありません。

 

「少年時」の

ギロギロする目で諦めていた……

――や

「夏」の

血を吐くようなせつなさかなしさ

――の流れの歌と読むほかにありません。

 

最終行、

み空の彼方に風の吹く

――は

blowin’ in the wind(風に吹かれて)

――の気分でしょう。

 

◇

 

途中ですが

今回はここまで。

« 中原中也・詩の宝島/ランボーの足跡(あしあと)/「少年時」から「夏」へ | トップページ | 中原中也・詩の宝島/ランボーの足跡(あしあと)/ベルレーヌの影 »

「064面白い!中也の日本語」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 中原中也・詩の宝島/ランボーの足跡(あしあと)/「少年時」から「夏」へ | トップページ | 中原中也・詩の宝島/ランボーの足跡(あしあと)/ベルレーヌの影 »