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2018年6月13日 (水)

中原中也・詩の宝島/ランボーの足跡(あしあと)/「夜寒の都会」の天子

 

 

「夜寒の都会」に明示されたランボーの足跡を

これでは物足りなく感じている人のために

もう一つの例を記しておきましょう。

 

それは「夜寒の都会」の最終行に現われる

天子です。

 

 

ガリラヤの湖にしたりながら、

天子は自分の胯(また)を裂いて、

ずたずたに甘えてすべてを呪つた。

――と天子は現われるのですが

この詩「夜寒の都会」の前後の詩には

一般的に使われる天使が出現します。

 

一つは中也が書いた

最初の散文詩「或る心の一季節」に、

 

それを得たる者の胸に訪れる筈の天使

――として出てくる例で

大正14年(1925年)春の制作(推定)。

 

もう一つは

昭和2年(1927年)春の制作(推定)の「地極の天使」で

こちらは本文詩行にではなく

詩タイトルにあります。

 

 

「夜寒の都会」に現われる天子は

どう見ても天使の意味を持ちますが

中也は天子という字形にこだわって

天の使い(エンジェル)であり

天の子(こども)であるという二重の含みを

持たせたかったもののようです。

 

 

「新編中原中也全集」の解題では

ランボーの翻訳をここで参照しています。

 

中原中也が訳したランボーの「黄金期」は

「翻訳詩ファイル」という未発表翻訳詩篇の中にあるもので

この詩に

「天子の如き!」

――と現われます。

 

なかなか読む機会がありませんから

ここで全行に目を通しておきましょう。

 

 

黄金期   アルチュール・ランボオ

 

声の或るもの、

――天子の如き!――

厳密に聴きとれるは

私に属す、



酔と狂気とを

決して誘わない、

かの分岐する

千の問題。



Terque quaterque

悦ばしくたやすい

この旋回を知れよ、

波と草本、

それの家族の!



それからまた一つの声、

――天子の如き!――

厳密に聴きとれるは

私に属す、



そして忽然として歌う、

吐息のように、

劇しく豊かな

独乙のそれの。

世界は不徳だと

君はいうか? 君は驚くか?

生きよ! 不運な影は

火に任せよ……

 

Pluries

おお美しい城、

その生は朗か!

おまえは何時の代の者だ?

我等の祖父の

天賦の王侯の御代のか。

Indesinenter

私も歌うよ!

八重なる妹(いも)よ、その声は

聊かも公共的でない、

貞潔な耀きで

取り囲めよ私を

 

(「新編中原中也全集」第3巻「翻訳」より。新かなに変えました。編者。)

 

 

この詩は

1連を4行とする8連構成の詩。

 

第3連と第7連と第8連には

各連全体を片方の中括弧(={ )でくくった上で

Terque quaterque=3回でも4回でも

Pluries=何回でも

Indesinenter=いつまでも、

――とラテン語の註がある詩です。

 

 

また、

「ランボオ詩集」(1938年発行)に収録された「孤児のお年玉」には

「だが揺籃を見舞う天子は彼等の涙を拭ひに来ます」

――と訳した例が現われます。

 

 

孤児等のお年玉

 

  Ⅰ 

 

薄暗い部屋。

ぼんやり聞こえるのは

二人の子供の悲しいやさしい私話(ささやき)。

互いに額を寄せ合って、おまけに夢想(ゆめ)で重苦しげで、

慄えたり揺らいだりする長い白いカーテンの前。

戸外(そと)では、小鳥たちが寄り合って、寒がっている。

灰色の空の下で彼等の羽はかじかんでいる。

さて、霧の季節の後(あと)に来た新年は、

ところどころに雪のある彼女の衣裳を引摺りながら、

涙をうかべて微笑をしたり寒さに慄えて歌ったりする。

 

  Ⅱ    

 

二人の子供は揺れ動くカーテンの前、

低声で話をしています、恰度(ちょうど)暗夜に人々がそうするように。

遠くの囁でも聴くよう、彼等は耳を澄ましています。

彼等屡々、目覚時計の、けざやかな鈴(りん)の音には

びっくりするのでありました、それはりんりん鳴ります 鳴ります、

硝子の覆いのその中で、金属的なその響き。

部屋は凍てつく寒さです。寝床の周囲(まわり)に散らばった

喪服は床(ゆか)まで垂れてます。

酷(きび)しい冬の北風は、戸口や窓に泣いていて、

陰気な息吹を此の部屋の中までどんどん吹込みます。

彼等は感じているのです、何かが不足していると……

それは母親なのではないか、此のいたいけな子達にとって、

それは得意な眼眸(まなざし)ににこにこ微笑を湛えてる母親なのではないでしょうか?

母親は、夕方独りで様子ぶり、忘れていたのでありましょうか、

灰を落としてストーブをよく燃えるようにすることも、

彼等の上に羊毛や毬毛(わたげ)をどっさり掛けることも?

彼等の部屋を出てゆく時に、お休みなさいを云いながら、

その晨方(あさがた)が寒いだろうと、気の付かなかったことでしょうか、

戸締(とじ)めをしっかりすることさえも、うっかりしていたのでしょうか?

――母の夢、それは微温の毛氈(もうせん)です、

柔らかい塒(ねぐら)です、其処に子供等小さくなって、

枝に揺られる小鳥のように、

ほのかなねむりを眠ります!

今此の部屋は、羽なく熱なき塒(ねぐら)です。

二人の子供は寒さに慄え、眠りもしないで怖れにわななき、

これではまるで北風が吹き込むための塒(ねぐら)です……

 

  Ⅲ   

 

諸君は既にお分りでしょう、此の子等には母親はありません。

養母(そだておや)さえない上に、父は他国にいるのです!……

そこで婆やがこの子等の、面倒はみているのです。

つまり凍った此の家に住んでいるのは彼等だけ……

今やこれらの幼い孤児が、嬉しい記憶を彼等の胸に

徐々に徐々にと繰り展(ひろ)げます、

恰度お祈りする時に、念珠(じゅず)を爪繰るようにして。

ああ! お年玉、貰える朝の、なんと嬉しいことでしょう。

明日(あした)は何を貰えることかと、眠れるどころの騒ぎでない。

わくわくしながら玩具(おもちゃ)を想い、

金紙包(きんがみづつ)みのボンボン想い、キラキラきらめく宝石類は、

しゃなりしゃなりと渦巻き踊り、

やがて見えなくなるかとみれば、またもやそれは現れてくる。

さて朝が来て目が覚める、直ぐさま元気で跳(は)ね起きる。

目を擦(こす)っている暇もなく、口には唾(つばき)が湧くのです、

さて走ってゆく、頭はもじゃもじゃ、

目玉はキョロキョロ、嬉しいのだもの、

小さな跣足(はだし)で床板踏んで、

両親の部屋の戸口に来ると、そおっとそおっと扉に触れる、

さて這入ります、それからそこで、御辞儀……寝巻のまんま、

接唇(ベーゼ)は頻(しき)って繰返される、もう当然の躁ぎ方です!

 

  Ⅳ

 

ああ! 楽しかったことであった、何べん思い出されることか……

――変り果てたる此の家(や)の有様(さま)よ!

太い薪は炉格(シュミネ)の中で、かっかかっかと燃えていたっけ。

家中明るい灯火は明(あか)り、

それは洩れ出て外(そと)まで明るく、

机や椅子につやつやひかり、

鍵のしてない大きな戸棚、鍵のしてない黒い戸棚を

子供はたびたび眺めたことです、

鍵がないとはほんとに不思議! そこで子供は夢みるのでした、

戸棚の中の神秘の数々、

聞こえるようです、鍵穴からは、

遠いい幽(かす)かな嬉しい囁き……

――両親の部屋は今日ではひっそり!

ドアの下から光も漏れぬ。

両親はいぬ、家よ、鍵よ、

接唇(ベーゼ)も言葉も呉れないままで、去(い)ってしまった!

なんとつまらぬ今年の正月!

ジッと案じているうち涙は、

青い大きい目に浮かみます、

彼等呟く、『何時母さんは帰って来(くる)ンだい?』

 

  Ⅴ    

 

今、二人は悲しげに、眠っております。

それを見たらば、眠りながらも泣いてると諸君は云われることでしょう、

そんなに彼等の目は腫れてその息遣いは苦しげです。

ほんに子供というものは感じやすいものなのです!……

だが揺籃を見舞う天子は彼等の涙を拭いに来ます。

そして彼等の苦しい眠に嬉しい夢を授けます。

その夢は面白いので半ば開いた彼等の唇(くち)は、

やがて微笑み、何か呟くように見えます。

彼等はぽちゃぽちゃした腕に体重(おもみ)を凭(もた)せ、

やさしい目覚めの身振りして、頭を擡(もた)げる夢をばみます。

そして、ぼんやりした目してあたりをずっと眺めます。

彼等は薔薇の色をした楽園にいると思います……

パッと明るい竃(かまど)には薪がかっかと燃えてます、

窓からは、青い空さえ見えてます。

大地は輝き、光は夢中になってます、

半枯(はんかれ)の野面(のも)は蘇生の嬉しさに、

陽射しに身をばまかせています、

さても彼等のあの家が、今では総体(いったい)に心地よく、

古い着物ももはやそこらに散らばっていず、

北風も扉の隙からもう吹込みはしませんでした。

仙女でも見舞ってくれたことでしょう!……

――二人の子供は、夢中になって、叫んだものです…おや其処に、

母さんの寝床の傍に明るい明るい陽を浴びて、

ほら其処に、毛氈(タピー)の上に、何かキラキラ光っている。

それらみんな大きいメタル、銀や黒のや白いのや、

チラチラ耀(かがや)く黒玉や、真珠母や、

小さな黒い額縁や、玻璃(はり)の王冠、

みれば金字が彫り付けてある、『我等が母に!』と。

 

〔千八百六十九年末つ方〕

 

(同上。)

 

 

「だが揺籃を見舞う天子は彼等の涙を拭いに来ます。」は

Ⅴの第5行にあります。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

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