中原中也・詩の宝島/ベルレーヌーの足跡(あしあと)/「アルテュル・ランボオ」その4「母音」
中原中也がこの「アルテュル・ランボオ」を翻訳したのは
訳稿Aが1932年(昭和7年)、
訳稿Bが1929年(昭和4年)~1930年(昭和5年)と推定されています。
そして、文中に引用された詩の翻訳は
1937年発行の「ランボオ詩集」で改められます。
ということで
「アルテュル・ランボオ」の翻訳は第1次形態、
「ランボオ詩集」の翻訳は第2次形態として整理されます。
初訳から7、8年後に
詩の部分だけ新訳が試みられたことになりますが
「母音」のケースにも
目を通しておきましょう。
先に「アルテュル・ランボオ」中の翻訳
次に「ランボオ詩集」中の翻訳を読みます。
◇
母 音
A黒、E白、I赤、U緑、O青、母音達よ、
私は語るだろう、何時の日か汝等が隠密の由来を。
A、黒、光る蠅で毛むくじゃらの胸部
むごたらしい悪臭のめぐりに跳び廻る、
暗き入海。E、気鬱と陣営の稚淳、
投げられし誇りかの氷塊、真白の王、繖形花の顫え。
I、緋色、喀かれし血、美しき脣々の笑い――
怒りの裡、悔悛の熱意の裡になされたる。
U、天の循環、蒼寒い海のはしけやし神々しさ、
獣ら散在せる牧場の平和、錬金道士が
真摯なる大きい額に刻んだ皺の平和。
O、擘(つんざ)く音の至上の軍用喇叭、
人界と天界を横ぎる沈黙(しじま)
――おお いやはてよ、菫と閃く天使の眸よ!
(「新編中原中也全集」第3巻「翻訳」より。新かな、洋数字に変えました。編者。)
◇
母 音
Aは黒、Eは白、Iは赤、Uは緑、Oは赤、母音たち、
おまえたちの穏密な誕生をいつの日か私は語ろう。
A、眩ゆいような蠅たちの毛むくじゃらの黒い胸衣(むなぎ)は
むごたらしい悪臭の周囲を飛びまわる、暗い入江。
E、蒸気や天幕(テント)のはたためき、誇りかに
槍の形をした氷塊、真白の諸王、繖形花顫動(さんけいかせんどう)、
I、緋色の布、飛散(とびち)った血、怒りやまた
熱烈な悔悛に於けるみごとな笑い。
U、循環期、鮮緑の海の聖なる身慄い、
動物散在する牧養地の静けさ、錬金術が
学者の額に刻み付けた皺の静けさ。
O、至上な喇叭(らっぱ)の異様にも突裂(つんざ)く叫び、
人の世と天使の世界を貫く沈黙。
――その目紫の光を放つ、物の終末!
(同。)
◇
ベルレーヌが「母音」に加えたコメントを
箇条書きに直してみれば、
1、14行詩、8行詩、4、5乃至6行を一節とする詩。彼は決して平板な韻は踏まなかった。
2、しっかりした構え、時には凝ってさえいる詩。
3、気儘な句読は稀であり、句の“跨り”は一層稀である。
4、語の選択は何時も粋で、趣向に於ては偶々学者ぶる。
5、語法は判然としていて、観念が濃くなり、感覚が深まる時にも猶明快である。
6、加之(のみならず)謂うべきその韻律。
――となります。
韻、韻律、句読、句跨りなどと
具体的な指摘を加えているほか
趣向に於ては偶々学者ぶる、
とか、
語の選択は何時も粋で、
観念が濃くなり、感覚が深まる時にも猶明快である。
とかの評言に
ベルレーヌの鋭い読みがあります。
◇
途中ですが
今回はここまで。
« 中原中也・詩の宝島/ベルレーヌーの足跡(あしあと)/「アルテュル・ランボオ」その3「夕の辞」 | トップページ | 中原中也・詩の宝島/ベルレーヌの足跡(あしあと)/「アルテュル・ランボオ」その5「坐せる奴等」 »
「054中原中也とベルレーヌ」カテゴリの記事
- 中原中也・詩の宝島/ベルレーヌの足跡(あしあと)/補足2・橋本一明の読み・続(再開篇)(2019.05.14)
- 中原中也・詩の宝島/ベルレーヌの足跡(あしあと)/補足2・橋本一明の読み・その13(2018.12.27)
- 中原中也・詩の宝島/ベルレーヌの足跡(あしあと)/補足2・橋本一明の読み・その12(2018.12.19)
- 中原中也・詩の宝島/ベルレーヌの足跡(あしあと)/補足2・橋本一明の読み・その11(2018.12.15)
- 中原中也・詩の宝島/ベルレーヌの足跡(あしあと)/補足2・橋本一明の読み・その10(2018.12.07)
« 中原中也・詩の宝島/ベルレーヌーの足跡(あしあと)/「アルテュル・ランボオ」その3「夕の辞」 | トップページ | 中原中也・詩の宝島/ベルレーヌの足跡(あしあと)/「アルテュル・ランボオ」その5「坐せる奴等」 »
コメント