カテゴリー

2024年1月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ

« 中原中也・詩の宝島/ランボーの足跡(あしあと)/ベルレーヌの影 | トップページ | 中原中也・詩の宝島/ランボーの足跡(あしあと)/「放浪者」 »

2018年7月 1日 (日)

中原中也・詩の宝島/ランボーの足跡(あしあと)/「帰郷」とベルレーヌ「叡智」

 

 

「帰郷」が

ベルレーヌの「叡智」を参照しているであろうことは

多くの中也ファンの知るところでしょう。

 

中原中也は

メッサン版「ヴェルレーヌ全集」第1巻を

大正15年(1926年)5月に購入しています。

 

同年1月に

第2次ベリション版「ランボー著作集」を購入したのに

引き続いて。

 

 

「叡智」を中原中也が翻訳した形跡はないようですが

フランス語を学習しはじめて

かなり早い時期に接したことが推測されます。

 

これを河上徹太郎の訳で

読んでみましょう。

 

 

叡智 Ⅲ-6

 

空は屋根の彼方で

  あんなに青く、あんなに静かに、

樹は屋根の彼方で

  枝を揺がす。

 

鐘はあすこの空で、

  やさしく鳴る。

鳥はあすこの樹で、

  悲しく歌う。

 

あゝ神様、これが人生です、

  卑ましく静かです。

あの平和な物音は

街(まち)から来ます。

 

――どうしたのだ? お前は又、

  涙ばかり流して?

さあ、一体どうしたのだ、

  お前の青春は?

 

(河上徹太郎訳、ポール=マリー・ヴェルレーヌ「叡智」より。新潮文庫。)

 

 

最終連の問いかけは

自身へ向かうものですが

中原中也は

それを風に言わせています。

 

あゝ おまえはなにをして来たのだと……

吹き来る風が私に云う

――と。

 

 

「叡智」の中のこの詩「Ⅲ-6」は

「少年時」の章の「木蔭」にも反響しているようです。

 

第1連、

神社の鳥居が光をうけて

楡(にれ)の葉が小さく揺すれる

夏の昼の青々した木蔭(こかげ)は

私の後悔を宥(なだ)めてくれる

 

――の青々とした木蔭は

「叡知」の

あんなに青く

枝を揺るがす景色を反映します。

 

 

ベルレーヌは

ブリュッセルでランボーを銃撃した罪で

1年半の間、モンスの監獄に囚われの身となり

この獄中で「叡智」は書かれたそうです。

 

深い後悔の感情が

中也にあっては

失われた青春への慚愧の思いに重なりました。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

« 中原中也・詩の宝島/ランボーの足跡(あしあと)/ベルレーヌの影 | トップページ | 中原中也・詩の宝島/ランボーの足跡(あしあと)/「放浪者」 »

054中原中也とベルレーヌ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 中原中也・詩の宝島/ランボーの足跡(あしあと)/ベルレーヌの影 | トップページ | 中原中也・詩の宝島/ランボーの足跡(あしあと)/「放浪者」 »