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2018年8月20日 (月)

中原中也・詩の宝島/ベルレーヌの足跡(あしあと)/「Nevermore」その3永井荷風訳と堀口大学訳

 

 

永井荷風が1913年に刊行した「珊瑚集」には

「Nevermore」が「返らぬむかし」の題で訳出されました。

 

「珊瑚集」には

ポオル・ヴェルレエンの名で

7作品が収められています。

 

 

返らぬむかし      ポオル・ヴェルレエン

 

ああ、遣瀬なき追憶の是非もなや。

衰へ疲れし空に鵯(ひよどり)の飛ぶ秋、

風戦(そよ)ぎて黄ばみし林に、

ものうき光を日は投げし時なりき。

 

胸の思ひと髪の毛を吹く風になびかして、

唯二人君と我とは夢み夢みて歩みけり。

閃く目容(まなざし)は突(つ)とわが方にそそがれて、

輝く黄金の声は云ふ「君が世の美しき日の限りいかなりし」と。

 

打顫ふ鈴の音のごと爽(さわやか)に、響は深く優しき声よ。

この声に答へしは心怯(おく)れし微笑(ほほえみ)にて、

われ真心の限り白き君が手に口付けぬ。

 

ああ、咲く初花の薫りはいかに。

優しき囁きに愛する人の口より洩るる

「然り」と頷付く初めての声。ああ其の響はいかに

 

(新潮文庫「珊瑚集」より。昭和28年発行、昭和43年改版。原作にあるルビの多くを省略しました。編者。)

 

 

中也が「Never More」を訳したのは1929年(推定)ですから

その15、6年前の翻訳ということです。

 

第2連末行の、

輝く黄金の声は云ふ「君が世の美しき日の限りいかなりし」と。

――にやはりインパクト不足を感じますが

「あなたの人生の最も美しい日はどんなものでした」と

恋人に問われて

口づけを白い手に返すところは

その場面が鮮やかに浮かんできて

中也訳と同様です。

 

 

ところでベルレーヌの

Nevermoreはいったい何に対して

Nevermoreだったのでしょうか?

 

最大の疑問が残りますが

この詩の現在から読み解く翻訳がほとんどで

遠い過去の思い出の恋が歌われたものと

永井荷風も鈴木信太郎も堀口大学も

みんながそのように訳しました。

 

中也は

ベルレーヌの原作をそのままタイトルに残しました。

 

何か言いた気(げ)ですが

真意はわかりません。

 

過去の恋の思い出であっても

今ここにある恋心に変わりはないということでしょうから

さほど気にすることではないかもしれません。

 

 

堀口大学訳はどうでしょうか?

 

 

かえらぬ昔

 

思い出よ、思い出よ、僕にどうさせようとお言いなのか?

その日、秋は、冴(さ)えない空に鶫(つぐみ)を舞わせ

北風鳴り渡る黄葉の森に

太陽は単調な光りを投げていた。

 

僕らは二人っきりだった、僕らは夢見心地で歩いていた、

彼女も僕も二人とも、髪の毛も僕の思いも、吹く風になぶらせて。

ふと僕のほうへ思いつめた瞳を向けて、さわやかなその声が尋ねてくれた、

「あなたの一番幸福な時はいつでしたか?」

 

彼女の声はやさしく天使のそれのように朗らかに響き渡った。

僕の慎ましい微笑がその問に答えた、そして

遠慮がちな気持で僕はその手に接吻(くちづけ)した。

 

――ああ、なんと、咲く初花のかんばしさ!

ああ、なんと、恋人の脣もれる最初の応諾(ウイ)の

うれしくも、やさしくも、人の心にささやくよ!

                        Nevermore

 

(新潮文庫「ヴェルレーヌ詩集」より。昭和25年発行、平成19年改版。原作のルビの多くを省略しました。編者。)

 

 

ベルレーヌの恋歌は

口語体にもよく馴染むものであることを

堀口大学の訳は証明しましたね。

 

回り道でしたが

中也のベルレーヌ訳を味わう手助けになったことでしょう。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

 

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