中原中也・詩の宝島/ベルレーヌーの足跡(あしあと)/「ポーヴル・レリアン」その1
中原中也は
ベルレーヌをどのように読んだのか。
翻訳とは
書かれたものを読んだ結果です。
読みの跡(結果)です。
翻訳を読むことによって
それを訳した人独自の読みを
読むことになります。
◇
「アルテュル・ランボオ」の次には
「ポーヴル・レリアン」を読みましょう。
ポーヴル・レリアンとは
ポール・ヴェルレーヌという名前の
アナグラムです。
Paul Verlaineというアルファベットを並び替えて
別の言葉にしたものですが
「あわれなレリアン」という意味を含ませた
ベルレーヌその人を指すことが知られています。
◇
3回か4回かに分けて読みましょう。
◇
ポーヴル・レリアン ポール・ヴェルレーヌ
――Les Poètes mauditsより――
此の『呪はれたる者』の持つていた運命こそは、いとも暗いものであつた。『呪はれたる
者』――此の親しき一語こそ、能く彼が性格の天真と償うべからざる心の柔弱の境涯の、
その数々の不幸を特質づける。その性格その心に就いて彼は、『智恵』の中に自ら語る、
殊には汝自らを忘るるなかれ、
汝が弱さ汝が愚直さを引摺りて
人の戦ひ人の愛する到る所、
いとも悲しくまことや狂いし態(ざま)をして!
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
人をその愚鈍を罰せしや如何に?
発刊されて間もない『慈愛』には又、
私には恐ろしい恋病がある、かくも弱いわが心は狂ってゐる。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
私はもはや私の心の滅落をどうすることも出来ない。
これが御承知でもあろう彼が嵐の一生の原質をなしてゐたものである!
彼の幼時は幸福であつた。
異例な両親、粋(いき)な父親、綺麗な母親、吁! 今は亡い、それが産んだその一人子
が彼であつた。
彼は早くより寄宿舎に入れられた、彼が“ぐれ”始めたのはそれからである。我々は今猶散
斬(ザンギリ)頭の彼が、黒の長い寛衣(ブルーズ)を着て、指を咥へて二つの校庭を仕切
る柵に肘突いてゐるのが見えるやうだ。早くも頑なに巫戯けることを知る京童達の中にあ
つて、大抵彼は泣いてばかりゐた!
或る夕方彼は抜け帰つた。翌日お菓子やそのほか戸棚の中の好い物を沢山約束されて
送り返された。それ以来彼は荒んだ。やがてその頭には妄想を持つ、歩武(あしどり)あや
しい地堕落者となるのであつた。
学課には無頓着であつた。だが御存知の妄想だらけの怠けにも拘らず、好加減な修業の
後、どうにか大学の試験に通りはした。後人若し彼が事に関する折もあらば、少年時と青
年時の彼がズボンの擦切らされたボナパルト中学は、コンドルセよりフォンターヌに、次い
で再びコンドルセに移つたことを知るであらう。
法律学校に於ける一二の聴講、当時の下等酒場(カブーロー)、今の女将付ビヤホールで
飲ませた麦酒が、凡庸な古典学の退屈を紛らせた。彼が詩作を始めたのは其の頃であつ
た。既に14才の頃より、うらがなしい卑猥な世態画をあしらつて一心に詩作した。
彼は非常に急速に燃えたが、燃えて出来あがつた不態(ぶざま)だが面白い試作を、忘れ
てしまふのはもつと迅かつた。それ等を彼が『兇星』の名の下(もと)に版行したのは、ル
メール社の『パルナス』第1号に多くの詩が載つて間もない頃であつた。
此の詩集――屡々人口にのぼる『兇星』――は、群集の間に恐ろしい敵意を醸した。然し
それといふもポーヴル・レリアンの趣味、本物の趣味、とまれ既に頁を溢れんばかりの才
能の前には何事でもなかつた。
1年は経過して、彼は『シテールへ』を印刷した、いとも真剣な進歩が見られるとは、批評
が之を証明した。先づは小老牡山羊の詩界入りとなつたのである。
第1年の後新たに薄い冊子『結婚の籠』は出版された。一人の許嫁のやさしさ淑やかさを
揚言したものである……彼が悲痛の始まるのは抑々此の時からであつた。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
(「新編中原中也全集」第3巻「翻訳」より。読みやすくするために、改行を加えました。編者。)
◇
この自伝は
初め1886年に「ラ・ヴォーグ」誌に発表されたそうです。
ベルレーヌ42歳の時の作品で
ベルレーヌの生い立ちが
結婚までを辿られた書き出しの部分です。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
――とあるのは省略を示すもので
ベルレーヌの原典によるものです。
中也による省略ではないので
全文訳になります。
ベルレーヌの輪郭を知るための格好の文献を
中也はその著作集原書の中に見つけました。
原書を入手したのは
1926年のことでした。
◇
途中ですが
今回はここまで。
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