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2018年8月26日 (日)

中原中也・詩の宝島/ベルレーヌの足跡(あしあと)/「言葉なき恋歌」より・その5/「木馬」

 

 

Never More

(われ等物事に寛大でありませう)

(たをやけき手の接唇くるそのピアノ)

――とベルレーヌの詩を訳してきて

4番目に取り上げたのは「木馬」です。

 

「Never More」がベルレーヌの第1詩集「サチュリアン詩集」にあるほかは

「木馬」も第4詩集「言葉なき恋歌」に収められていますが

「木馬」は第2詩群「ベルギー風景」にあります。

 

(われ等物事に寛大でありませう)

(たをやけき手の接唇くるそのピアノ)

――が「言葉なき恋歌」の第1詩群「忘れられた小曲」にあり

中原中也が比較的に初期(というのは「叡智」の前)のベルレーヌの詩を

翻訳した跡がうかがわれます。

 

 

木馬             ポール・ヴェルレーヌ

          サン・ヂルのほとり

          われら来りぬ、

          わが足早の

          栗毛の駒よ。

                 (ヴェ・ユゴー)

 

まはれよ、まはれよ、よい木馬、

まはれよ、百ぺん、さて千ぺん、

まはれよさいさい、まはれよたやさず、

まはれよ、まはれよオボアの音に。

 

太つた兵隊、太つちよ酌婦(をんな)は

木馬に跨がり部屋の中。

さてこそ、この日は、カンブルの森に、

主(あるじ)夫婦は行つて留守。

 

まはれよ、まはれよ、思ひの馬も、

なれらの軍祭(まつり)のめぐりにて

はしこい掏摸奴の目がしばたたく、

まはれよ、勇んだ吸鰐(ピストン)の音に。

 

うつとりするだよ、曲馬に行つて

鱈腹遊んだ時のやうだよ!

腹には怡しく頭に悪くも、

世間に悪くも二人はよろしく。

 

まはれよ、まはれよ、拍車をつける

用もあるまい、あるものか

おまへの足竝早めるためなら、

まはれよ、まはれよ、秣草も忘れて。

 

情けの馬も急がせよ、

ここに夜さへ訪れて、

鳩と孔雀は一緒になるに、

市場を遠ざけ女房を遠ざけ。

 

まはれよ、まはれよ、御空はビロード

金のお星の着物を着るよ。

ここにいとしい二人の別れ。

まはれよ太鼓の楽い音に。

                     サン・ヂル市場にて、千八百七十二年八月。

 

(「新編中原中也全集」第3巻「翻訳」より。ルビは、原作にあるものだけを振りました。編者。)

 

 

中原中也がこの詩を翻訳したのは

1929年(昭和4年)もしくはそれ以前とされています。

 

翻訳詩篇の記録帖、清書ノートとして使われていた「ノート翻訳詩」に

別のノートに記されたこの翻訳が貼付されてあるため

昭和4年以前の制作の可能性が推測されています。

 

ということは

翻訳の仕事全体の中でも

かなり早い時期の制作ということになりますが

それが実際いつだったのかは

いまのところわかっていません。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

 

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