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2018年8月12日 (日)

中原中也・詩の宝島/ベルレーヌーの足跡(あしあと)/「ポーヴル・レリアン」その4

 

 

中原中也が訳した「ポーヴル・レリアン」は

1930年(昭和5年)1月に「白痴群」に初出

1933年(昭和8年)10月に「紀元」に再出発表されました。

 

ベルレーヌの小自伝ですが

むしろ創作略歴といったほうが近いかもしれません。

 

中にランボーの紹介があるのは

同じ「呪われた詩人たち」で「アルテュル・ランボオ」を書くことになるのですから

ベルレーヌがランボーを

いかにも高く評価していたことを示すものです。

 

「ポーヴル・レリアン」が書かれたのは

ブリュッセルでの銃撃事件(1873年)から10数年後のことでした。

 

 

中原中也訳の「ポーヴル・レリアン」の

結末部を読みましょう。

 

 

ポーヴル・レリアン        ポール・ヴェルレーヌ

         ――Les Poètes mauditsより――

 

(前回からつづく)

 

 彼は全自然の倦怠を通して数々の書を成した。『慈愛』は過ぐる3月に出た。『的を外れ

て』は間もなく出る。『智慧』につぐ最初の書、ガツガツした甘美なカトリシスムの書、其の

他、いと誠実で果断な感性の詩の集。

 

 今や彼は散文に於ける二つの作品を公けにした。多少一般的な自伝『ソクラテス解』と、

多くの話を集めた『クロヴィス・ラブスキュル』。両者共に、今後猶彼が生きのびられゝば、

続行されるであらう。

 

 彼は其の他にも草案を持つてゐる。彼は病気である上に少々落胆してもゐる。さて乞ふ

らくは寝かせて欲しい。

 

 ――吁! 少しは楽になつた。彼は書き、書かんとし、書きたく思つてゐる。が、まあどつ

ちにしたつて同じだ、八瑞至福に生きることだ。                                   

(了)

 

(「新編中原中也全集」第3巻「翻訳」より。読みやすくするために、改行を加えました。編者。)

 

 

「ポーヴル・レリアン」を書いた頃のベルレーヌは

40代の入口にさしかかっていました。

 

象徴主義文学が

運動としてのうねりを見せはじめる流れの

中心部にベルレーヌはあり

「呪われた詩人たち」の発表はその烽火(のろし)のような役割を果たします。

 

 

「ポーヴル・レリアン」の結末部でベルレーヌは

書く意欲を公言します。

 

やる気十分なのですが

幾分か消沈している気配があるのは

病苦や生活苦のためだったのでしょうか。

 

この口調はそれとも

ボヘミアンの小唄調みたいなものなのでしょうか。

 

それとも中原中也の読みの反響でしょうか。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

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