中原中也・詩の宝島/ベルレーヌの足跡(あしあと)/「言葉なき恋歌」より・その6/「木馬」の川路柳虹訳
「木馬」には口語自由詩運動のトップランナー、川路柳虹の翻訳があり
まさしく口語で訳していますから
読まずにはいられません。
◇
木馬
サンジールのほとりに
吾らきたりぬ、
わが足早なる
栗毛の駒よ。
(ヴィクトル・ユーゴー)
まはれよ、まはれよ、よい木馬、
まはれよ、百ぺん、さて千べん。
いつもぐるぐるまはつておいで、
まはれよ、まはれよ、竪笛(オボア)の音に。
太(ふと)つた兵隊と太つた酌婦(をんな)、
室(へや)にゐるよにその背の上に!
今日(けふ)はさてこそカンブルの森で
おまへの主人も二人(ふたり)づれ。
まはれよ、まはれよ、心の馬も
はしこい掏摸(すり)の眼(め)のやうにまはれ、
勇んだピストンの動くがまゝに
まはれよ、二人(ふたり)競争で。
そこで二人が飽きるまで
よろこびもつれよ、曲馬のなかで。
頭(かしら)は重くも、腹ではたのしく、
世間はつらくも、二人はたのしく。
まはれよ、まはれよ、その馬には
拍車をつける要もない、
跳ばさうとおもへばたゞまはれ、
秣草(まぐさ)を食わす要(えう)もない。
されば急げよ、心の馬も、
もう日もかげり夜となる、
鳩と孔雀は一しよにさせよ、
市場にかくれて、女房にかくれて。
まはれよ、まはれよ、空はしづかに
金のをば夜衣(よぬ)につゝむ、
こゝにいとしい二人のわかれ。
まはれよ、太鼓のたのしい音に。
(「新編中原中也全集」第3巻「翻訳・解題篇」より。編者。)
◇
この翻訳は
大正8年(1919年)発行の
「ヹルレーヌ詩集」」(新潮社)に収録されてあります。
エピグラフはユーゴーの引用ということで
文語ですが
本文は歴史的仮名遣いで
勘違いしやすいけれども
完璧な口語であることがわかります。
中原中也の訳と
かなり近似しているのは
中也が川路柳虹の訳に賛意を抱いたことを示すでしょうが
異なる翻訳であることも明らかです。
詩の把握に根底で同意しているので
声調も近しいものがありますが
詩のまなざし、語彙の選択、句読などに
中也の独自性はくっきりと保たれています。
◇
途中ですが
今回はここまで。
« 中原中也・詩の宝島/ベルレーヌの足跡(あしあと)/「言葉なき恋歌」より・その5/「木馬」 | トップページ | 中原中也・詩の宝島/ベルレーヌの足跡(あしあと)/「木馬」から「サーカス」へ »
「054中原中也とベルレーヌ」カテゴリの記事
- 中原中也・詩の宝島/ベルレーヌの足跡(あしあと)/補足2・橋本一明の読み・続(再開篇)(2019.05.14)
- 中原中也・詩の宝島/ベルレーヌの足跡(あしあと)/補足2・橋本一明の読み・その13(2018.12.27)
- 中原中也・詩の宝島/ベルレーヌの足跡(あしあと)/補足2・橋本一明の読み・その12(2018.12.19)
- 中原中也・詩の宝島/ベルレーヌの足跡(あしあと)/補足2・橋本一明の読み・その11(2018.12.15)
- 中原中也・詩の宝島/ベルレーヌの足跡(あしあと)/補足2・橋本一明の読み・その10(2018.12.07)
« 中原中也・詩の宝島/ベルレーヌの足跡(あしあと)/「言葉なき恋歌」より・その5/「木馬」 | トップページ | 中原中也・詩の宝島/ベルレーヌの足跡(あしあと)/「木馬」から「サーカス」へ »
コメント