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2018年8月21日 (火)

中原中也・詩の宝島/ベルレーヌの足跡(あしあと)/「言葉なき恋歌」より・その1

 

 

「Never More」に続いて

中原中也が訳したベルレーヌの詩は

「言葉なき恋歌」の中にある詩群「忘れられた小曲」の第4番です。

 

この第4番の前には

「雨はしとしと市(まち)にふる。

     アルチュール・ランボー」

――のエピグラフがあり

「巷に雨の降るごとく

我が心にも涙ふる。」

――の書き出しで有名な第3番があります。

 

中原中也は第3番を訳さずに

第4番、第5番を訳しましたが

どちらも未完成に終っています。

 

 

Ⅳ (われ等物事に寛大でありませう)     ポール・ヴェルレーヌ

 

われ等物事に寛大でありませう。

かくてこそわれ等は幸福でありませう、

そしてもしわれ等の生活に気むずかしい時があつても、

ねえ、ただ二人して泣いてゐませう。

 

とりとめないわれ等の誓にあどけない優しさをこそ

たぐへませう、われ等相寄る魂は、

世の男達女達から遠く離れて、

われ等を逐ひ退けるもののことをきれいに忘れて。

 

二人の子供、二人の若い娘のやうでありませう

なにものに耽ることなくなにものに驚異(おどろ)かざるなき。

よごれなきあかしでの下、恕し合ひそれとも知らで

蒼ざめゆかん二人の子供、二人の娘。

 

(「新編中原中也全集」第3巻「翻訳」より。)

 

 

ベルレーヌは「言葉なき恋歌」を

1874年に出版しましたが

この詩が作られたのは1872年と推定されています。

 

この頃ランボーの出現で

マチルドとの新婚生活はピンチの最中でした。

 

ベルレーヌは

マチルドに呼びかける形のこの詩を

後に振り返って歌ったのでしょう。

 

 

中原中也にも

これに似た詩がありますね。

 

 

途中ですが

今回はここまで。

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