中原中也・詩の宝島/ベルレーヌーの足跡(あしあと)/「ポーヴル・レリアン」その6
「小老牡山羊」に
中原中也が特別な関心を持ったであろうことは
「山羊の歌」という詩集題のネーミングばかりでなく
羊、野羊、アストラカン……など
羊へのこだわりが
創作詩の幾つかに見られることからも理解できます。
自作詩へ「羊」を使用するに至るには
「ポーヴル・レリアン」の翻訳もそうですが
ランボーの「太陽と肉体」の翻訳で
半人半山羊(サチール)des satyresや
山羊足ses pieds de chevreを訳す経験があり
その拠り所となった中原中也愛用の模範仏和大辞典には
satyreの語義として
「半人半山羊の神(神話)」とあり、
Chevreは「牝山羊」の記載があることがわかっていますから
翻訳という作業の中で
詩人は語彙力を養ったことを推測できます。
(「新編中原中也全集」第3巻「翻訳・解題篇」。)
◇
サチールまたはサチュルスは
ベルレーヌがサテュルニアンPoemes Saturniensを
第1詩集のタイトルとしていることから
中原中也はかなり早い時期に(というのはランボーから知ったのより早く)
ベルレーヌから知っていたことが推測されて驚くばかりです。
ベルレーヌは
「ポーヴル・レリアン」でランボーを紹介して
「フォーヌの頭」を引用していますし
フォーヌが半獣神であることはよく知られたことですし
この獣には羊の面影が
色濃く漂よっています。
と同時にこの神が
創造の神として現れているところを
中也が見逃すわけがありません。
◇
「ポーヴル・レリアン」に戻っていえば
カトリシズムへの改心と
それが及ぼす詩作への関係(無関係)の記述も
簡潔で核心に触れるものでした。
そして、「ポーヴル・レリアン」の結末部に
ランボーを登場させたことの意図も
くっきりとしてきます。
ベルレーヌは
不当にも理解されていない詩人たちの一人として
ランボーを紹介しました。
ベルレーヌの栄光と悲惨(無理解)は
ランボーの栄光と悲惨へ
まっすぐに繋がっていたとでも言わんばかりに
ベルレーヌは自らの名を偽って自らの評伝を書き
ランボーの詩を「ポーヴル・レリアン」で称賛しました。
◇
ところで「ポーヴル・レリアン」に現われる創作履歴は
翻訳によって様々に異なります。
一つの著作は色々に訳されて
混乱することがありますので
ベルレーヌが案内した著作や詩集のタイトルを
「ポーヴル・レリアン」を読み終えるにあたって
整理しておきましょう。
ベルレーヌは
初出のタイトルを後の決定版で変更する場合が多く
ここでは鈴木信太郎訳と対照します。
(鈴木信太郎の翻訳は筑摩書房の世界文学大系43「マラルメ、ヴェルレーヌ、ランボー」
に収録されてある「ポオヴル・レリアン」を参照。)
中原訳「ポーヴル・レリアン」に出てくる順に番号を振り
はじめに中原中也の訳
次に、それの鈴木信太郎訳、
その次に、そのフランス語タイトル
次に、完成版の刊行年とそのタイトルの訳とフランス語原題
――という内訳です。
◇
1、 智慧 サピエンチアSapientia。1881年、叡智Sagesse
2、 慈愛 慈悲Charitiè。1888年、愛の詩集Amour
3、 兇星 邪悪の星Maubaise Etoile.。1866年、サテュルニアン詩集Poemes Saturniens
4、 シテールへ シテエルへPour Cythère。1869年、艶なる讌楽Fetes galantes
5、 結婚の籠 結納の籠Corbeilles de Noces。1872年、よき歌Bonne Chanson
6、 フリュ-トと角笛 同Flute et Cor。1874年、言葉なき恋歌Romances sans Parol
7、 昨日と今日 一昨日と今日Avant-heir et hier。1885年、昔と近頃Jadis et Naguère
8、 難解者 理解されぬ人々Les Incompris。1884年、呪はれた詩人たちLes Poetes Mauditsの初版
9、 的を外れて 傍らにA cĉté。1889年、雙心詩集Parallelement
10、 ソクラテス解 ソクラテス註解Les Commentaires de Socrate.。1886年、或るソ夫の思出Les Commentaires de Socrate
11、 クロヴィス・ラプスキュル 同Clovis Labscure。1886年、ルイズ・ルクレエルLouise Leclerq
◇
「ポーヴル・レリアン」の増補改訂版は
1888年発行ですから
それまでのベルレーヌの著作履歴が
ほぼ万遍なく紹介されていることがわかります。
さほど長文ではないのにもかかわらず
ここでもベルレーヌの要を得た構成を
見ることができます。
◇
途中ですが
今回はここまで。
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