中原中也・詩の宝島/ベルレーヌーの足跡(あしあと)/「ポーヴル・レリアン」その5
中原中也の訳した
ベルレーヌの「ポーヴル・レリアン」を一読して
ベルレーヌが自らに忌憚ない(というのは変な言い方ですが)
冷徹なまなざしを向け
同じようにランボーにも賛辞を送っているのは
自伝の中でのことであり
ランボーはもやはベルレーヌを語る時に
不可欠な存在であることのあからさまな証しです。
ベルレーヌは
自らの眼に狂いのなかったことを
終生疑わなかったのですし
それは晩年の落魄を見つめるまなざしにもあり続けました。
ベルレーヌは
まだまだ書きたいというメッセージを
「ポーヴル・レリアン」のエンディングに添えます。
◇
中原中也の選んだ語彙に
目を配りながら
ベルレーヌ自身に向けたメッセージでもありそうな評言を
少し振り返ってみましょう。
中原中也という詩人独自の
言語意識(感性)とか言葉の感覚とか
語彙力とか、
あれでもないこれでもない
これであるという
詩語選択の現場に立ち会うことが
「ポーヴル・レリアン」を読むことで可能でしょうから。
中也は
いったんは対象の詩の中に入って
作者の現にある境地に自分を置くように努め
その後にそれを
もっとも相応しい言葉に移し替えます。
◇
冒頭、「智慧」から、
殊には汝自らを忘るるなかれ、
汝が弱さ汝が愚直さを引摺りて
人の戦ひ人の愛する到る所、
いとも悲しくまことや狂いし態(ざま)をして!
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
人をその愚鈍を罰せしや如何に?
――を引用し、
「慈愛」から、
私には恐ろしい恋病がある、かくも弱いわが心は狂ってゐる。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
心の滅落をどうすることも出来ない!
――と引用するのはベルレーヌですが
汝が弱さ汝が愚直さも、とか
恐ろしい恋病、とか
滅落、とかは
きっと中也の言葉といってよいことでしょう。
ベルレーヌはこれらの引用を行って
これが彼、ポーヴル・レリアンの嵐の一生の原質!と
ズバリ指摘しますが
このあたりを訳している中也の息づかいは
ベルレーヌのものと同じです。
ベルレーヌのこの呼吸や
簡潔な自己認識を
中也もまた簡潔に日本語に移しました。
◇
ベルレーヌの生涯は
ベルレーヌ自身によって
ベルレーヌ自身が書いた二つの詩行で
簡潔に捉え返されたのですが
幼少年期に遡る生い立ちから
詩界デビューに至る経緯もまた
見事に簡潔に過不足なく捉えられます。
この経過を語る中に、
1年は経過して、彼は『シテールへ』を印刷した、いとも真剣な進歩が見られるとは、批評
が之を証明した。先づは小老牡山羊の詩界入りとなつたのである。
――とある記述に
中原中也は特別な関心をもったことでしょう。
とりわけ、
詩界入りに冠した
「小老牡山羊の」というフレーズには!
◇
やがて第1詩集「山羊の歌」を生む詩人が
ベルレーヌによる
このメタファー(あるいは、広く行き渡った比喩だったのでしょうか)を
補足説明することもなく使っています。
「山羊の歌」のネーミングの謎が
一つ溶解していくような下りです。
◇
途中ですが
今回はここまで。
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